23:渡り廊下の先輩と後輩
「あの、せいとか…見涯先輩」
「ん、どうしたいちね…あ、一海の弟君」
「こんにちは」
「三年のフロアに来てるのレアだね。一海に用事?」
「いえ、室橋先輩に…」
「室橋君?なんか意外な組み合わせ…待ってて。呼んでくるから」
ちょうど三年フロアに向かうと、廊下に見涯先輩がいたので声をかける。
用事があるのは姉さんではなく、室橋先輩。
「室橋君。楠原さんちの弟君がお呼びだよ〜!」
弟君とか言われるとは想定外だ…。
廊下で室橋先輩が来るまで、窓の外を眺めながら過ごす。
他学年のフロアに来たのは、なんだかんだで初めてだ。
ましてやそれが三年。
アウェイというか…なんか、凄く見られているような。
…姉さんの事もあるし、ある程度は覚悟していたが。
「…あの一年、誰だろ」
「三年フロアで緊張してんのかな、可愛い〜」
男子よりは、女子の先輩から見られる方が多いのだが…なぜだろうか。
「前髪少し長めでわかりにくいけど、一海と同じ顔じゃない?」
「じゃあ噂の弟君かぁ…姉弟揃って顔面偏差値高いじゃん」
「…?」
「おまたせ、成海君。大丈夫?」
「は、はい。大丈夫です」
室橋先輩が慌てて廊下にやってきてくれる。
チョークの粉が頭についているところを見るに、今日は日直だったようだ。
…おい、日直の片方「楠原」じゃないか。
姉さんはどこで何をしているんだ。まさか押しつけているんじゃ…。
「ここじゃ緊張するでしょ。渡り廊下の方に行こっか。人少ないからさ」
「はい。あの…」
「ん?」
「何かすみません。仕事、押しつけているようで」
「え?ああ、日直のこと?役割分担をちゃんとしているだけ。楠原さんには日誌を頼んでいるんだ。その代わり、実労働は全部俺が」
「…大変じゃないですか?」
「いやぁ…楠原さんの綺麗な黒髪にチョークの粉が降りかかるよりは遙かにマシだね。それにさぁ」
「なんでしょう」
「楠原さんに実労働を任せると、他の男子から睨まれるんだよね。何させてんだ的な」
「はぁ…」
「日直、俺と組んでくれるのは楠原さんしかいないし…こういう時に、楠原さんへ奉仕精神をしっかり見せておかないと」
「は、はぁ…」
…本当に、この人は僕が知る室橋浩樹か?
なんか、常識人度が上がっているような…と、思ったが、やっぱり変人である。
人の姉相手に奉仕精神とか見せないで欲しい。同級生だろあんた。
本当にどうかしている。
静かな渡り廊下に到着し、話は本題へ。
「それで?仕事の件はこの前書類を貰ったし、連絡先を交換して…細かいところはそれで連絡を取り合ったよね。他に何かあるのかな?」
「お時間があれば、明日から一緒に働く遠野さんと顔合わせをと思いまして…」
「いやいやいいよ。三年でも悪名高い俺がわざわざ一年のフロアに行って、その遠野さんと顔合わせするってだけでも、遠野さんにデメリットしかないからね。当日の顔合わせで行こう」
「そうですか…」
「残念そうだね」
「いえ、そんなことは」
「室橋浩樹の名前は、あえて変人に仕立てた部分もあるから、悪名の方が強いんだ」
「あえて、ですか?」
「ああ。一年の時はまだ無名に近かったけど、今はメディアミックスを果たした作家の冠がついているからね。主犯格と一緒に俺の作品を弄んだ生徒は、今はサインをねだる乞食だよ」
「…からかい、ですか」
「そんな可愛いものじゃないよ。とにかく、色々あってね。楠原さんは無自覚だろうけど、俺は彼女に助けて貰って、大事な精神を与えられた」
そういうこともあって、室橋先輩は姉さんについてきてくれるらしい。
姉さんの言葉を何でも受け入れるのも、そのきっかけがあったからだそうだ。
「…当時のことは何一つ忘れちゃいない。有名になる度に手のひらを返してきた連中の態度だってね」
「…そういう人達と関わらないための、処世術ですか」
「そんなところ」
自分と関わることで、相手に迷惑をかけない…か。
僕も、ここまでとは言わないけれど、新菜さんに迷惑をかけないような距離感を保ちたいのだが…。
…難しいな。こう、極端になれば楽なんだろうけど。
そこまでしたら、僕は遠野さんの友達すら名乗れなさそうだ…。
「さて、顔合わせという目的も潰れたわけだし、用事はこれでおしまいかな」
「そうなりますね」
「じゃあ、俺は教室に戻るよ。楠原さんと一緒に職員室へ日誌を返しに行く仕事があるからね!」
「…左様ですか。では、また明日。よろしくお願いします」
「こちらこそ」
「あの、室橋先輩」
「まだ何か?」
「…室橋先輩は、姉さんの頼みがなかったらうちのバイト、応募したんですか?」
「ん〜。微妙。作品の関係もあるから、見かけたら応募をしていただろうけど、積極性には欠けていただろうね。楠原さんの声かけがあったから、面接もいい印象を持たれるように頑張ったわけだし…」
器用だなこの人…。
でも、そうか…本当に姉さんのことを慕っているんだな。
その点は、まあ…認めてやらんこともない。変態だけど。
「小説関係で、うちが役立てるんですか?」
「ドラマを見たら分かってくれるよ」
「姉さんが録画をしていたので、見せて貰います」
「おっ、嬉しい情報だね。楠原さん、見てないのは事実だけど録画はしてくれていたんだね…ぶへへ…」
「…」
「はっ…いけないいけない。と、言う訳なんだ。それほどまでに、君のお姉さんには恩義があって、慕う理由があることだけは」
「…うちの姉のこと、好きなんですか?」
「好きか嫌いかの話で行けば普通。性格的な問題では絶対にウマが合わないから苦手。だけど、尊敬はしている」
「そうですか」
「室橋、まだ成海と話してんの?仕事が詰まってるから、早く帰ってきなさいよ」
「あ、ごめんなさい!じゃ、成海君。今度こそまたね!」
「はい。引き留めてすみませんでした…姉さんも」
「いいから。早く帰れ。ご飯準備しろ」
「はいはい…」
変に媚びを売ってくる人間よりも、明確な理由を持って媚びを売ってくる室橋先輩。
そして室橋浩樹を特別だと見ず、ごく普通の距離感?で接してくる姉さん。
互いに心地が良いのだろう。
だからこそ、遠慮が無い。
日誌を片手にはしゃぐ姉さんと室橋先輩の背を見送った後、僕は教室に戻る。
その道中で、廊下に突っ伏し、項垂れている存在が転がっていた。
「ううっ…補習スケジュール、ハードモード…」
…流石に、無視は出来なかった。




