21:予定通りの採用
…なんかすっごいまともな子が来ちゃったぁ。
今までの野郎が何かもう、何か隠してくれないかって思う中…なんかこう、普通の子が投入されると俺も困惑しちゃうね。
しかし、この室橋君って子が件の子…なんだよな。
何かこう、爽やか好青年がお出しされると思っていなかったので、どう反応をしたらいいか分からないな。
「…とりあえず、志望動機をお願いしましょうか」
「はい。私はかねてより御社に興味がありました」
「具体的には、どんなところが?」
「地元で創業百年以上の歴史を誇る硝子工房。繊細な細工を得意とする職人さんが集い、毎年の様に素晴らしい作品を作り上げる御社の技術に触れ、作品を求める方々に手渡す貴重な機会があると知り、応募させていただきました」
うちの歴史まで把握しているのか。
…楠原家が代々経営している楠原硝子工房。歴史を遡れば、百年以上はあるらしい。
と、言っても…三代目である俺も自分の家の事なんざ興味ない。
詳細な歴史を語れと言われたら、正直無理。
室橋君が詳細に語り出しても、合っているかどうか自信ないぞ…?
とりあえず、歴史の話にならないよう軌道修正をかけたいが…。
「君、なんでうちの事を詳しく?硝子細工、好きだったりする?」
「あ、いえ…その」
室橋君の視線は俺ではなく、校長の方に向けられている。
その視線の意図を組んだそうで、校長の方から俺に説明が入った。
「室橋君が今、執筆して今月からドラマの放映が始まる小説…モチーフが硝子なんですよ」
「と、言うわけでして…。身近なところからインスピレーションを頂きました」
「へぇ…じゃあ、うちのバイトも経験を積んで、小説に落とし込みたいって気持ちもあるのかな?」
「その気持ちも少なからず…。ただ、仕事に支障が出るような真似はしません!ただ、間近で見るだけで…」
「勿体ないだろ〜。も〜。バイトじゃなくても、取材の依頼とか引き受けるのに…」
「そ、そうですか…」
「言いたいことがあれば、ちゃんと伝えた方がいい」
「…楠原さんと、同じなんですね」
「そりゃあ、お父さんだから」
ま、娘二人はやり過ぎ。息子は全く言わない子になっちゃったけど…。
「とりあえず、結論から。バイトの方は採用ね」
「ありがとうございます」
「それから、君の取材の方も同時に進めよう。やりたいこと、間近で見たいことがあれば相談して。できる限りは対応するから」
「ありがとうございます!」
「ちなみに君の相方は一年の女の子だから。先輩らしいところ、ちゃんと見せてね」
「勿論です」
「ま、大丈夫だと思うけどね。これでおしまい。書類は後日一海…一海経由で大丈夫?」
「…楠原さんと関われる機会があるのなら、是非に」
「やっぱ成海に持っていかせるわ」
「…しゅん。でも成海君、凄く優しい子だから、懇切丁寧に説明してくれそう…」
「わかってくれて嬉しいよ」
捨てられた子犬のように肩をすくめ、露骨に落ち込む室橋君。
やはり一海に下心を抱いているな…お前も隠す気ないのか。
とにかく、これでバイト二人が確定だ。
遠野さんは真面目な子。室橋君はしっかりした子だし…安泰だろう。
成海、一海…今年は二人に楽をさせてやれそうだ。
しかし、なんだろうかこの予感は。
俺がかつて透さんに出会った時の様なときめき。胸が弾む感覚。
もしかして、春が来たのは成海だけじゃないんですかね、透さん…。
室橋君を見送り、後は消化試合。
一通りの面接を終えた俺は、校長と軽く話した後…帰路についた。
◇◇
面接が終わった後の事。
家に帰り、成海君へ結果の報告を入れる。
本人はもうわかっているだろうけど、連絡するに値する機会だから。
ちゃんと、使わなきゃ。
『面接、合格だったよ』
メッセージを送って、しばらくすると既読がつく。
本当に、いつも確認が早い。
スマホ、ずっと側に置いているのかな。
『よかった』
『成海君のお父さん、凄く優しそうな人だったね。なんか、三人のお父さんって感じの人だった』
『そう?』
『うん。成海君達が優しいのって、お父さんの影響なんだな〜って思わされたから。でも、仕事の時は手厳しそう。大事な場面で厳しい人って、いいよね』
『そうだね。普段は優しいけど、ちゃんとしないといけないところでは、ちゃんと厳しい』
『初めてのバイト先でそういう人に巡り会えてよかったよ。頑張るね!』
『僕と姉さんも一緒だから、困ったことがあれば、なんでも』
『うん。最初は沢山頼らせて貰って…少しでも早く、支えられるように頑張るね』
『新菜さんが早く仕事を覚えられるよう、僕もできる限りサポートするから』
『よろしくね、成海先輩!』
…既読がついてから、返信まで時間がかかる。
また、何か思うことがあったらしい。
最近気づいたのだが、揶揄うような文面を送ると、成海君の返信が遅れる。
成海先輩で何を考えたんだろう。
電話だったら、すぐに聞き出せたのに。
『夏休みも、一緒に過ごせるね。一週間後の事だけど、今から楽しみになってきちゃった』
『思えば、凄く急なスケジュールだな…』
『確かに。あ、もう十一時だ。夜遅くにごめんね。また学校で』
『また、学校で。おやすみ』
メッセージはこれでおしまい。
長々と続けたい気持ちはある。けれど、明日もまた学校がある。
続きは明日、学校で。
スマホ越しより…面と向かって話していたいから。
寝る準備を整えて、次の日へ。
明日の期待、そして夏休みへの期待で心を躍らせながら、私は眠りについた。




