18:鏡越しの比較
書類を提出し終え、今後の流れが書かれた紙を受け取った新菜さん。
屋上前の階段に腰掛けて、概要を見せて貰う。
どうやら後日、就労先の面接があるらしい。
職場の人が学校に出向いて行うらしい。
「へぇ…こんな流れなんだ」
「まさか、学校で成海君のお父さんと初対面になるとは…」
「父さん、結構緩いから…あんまり身構えなくても」
「身構えるよ!第一印象って大事だよ!」
「そうだけど…」
「成海君のお父さんが私の事を「関わっても大丈夫だな」って思えるように…ちゃんといい印象を抱かれたいからさ」
「新菜さんが悪い印象なんて、抱かれる訳がないじゃないか」
「そう思いたいよ。でも…」
目を細めて、いたずらを終えた子供の様に無邪気な笑みを浮かべる。
あえて第一ボタンを外して、露出をちょっとだけ増やすのも忘れずに。
…なんだろう。新菜さんなのに、新菜さんじゃないような。
あれ?瞼、なんかキラキラしてる…?
「…息子を誑かす悪い女とか、思われるかも」
「それだけは絶対にない」
「そうだといいなぁ。でも、それって成海君が私の事を予めお父さんに話しているから成り立つ話じゃない?」
「まあ、そうかも」
「今の私が初対面だったら、心証悪そうだしさ…」
「そんなこと…いや、ごめん。確かに…」
普段は隠れている首筋が、第一ボタンが開くことで見えている。
鎖骨のラインも動く度に見えるかどうか。
見ていていたいが、このまま見ていると…変な気が起きそうだ。
見ないようにしなければと思っても、自然と視線がそこへ落ちていく。
「人から自分がどう見られているかなんて分からないでしょう?」
「確かにまあ、そうだな…」
「だから、ちゃんとしたい。遠野新菜は誰から見ても「良い子」でいたい。そう見えるためには、外見から整えなきゃ」
第一ボタンを留めて、いつも通りの新菜さんへ。
色っぽさを消し去り、無邪気に笑う姿に安堵しながら…彼女の変化にも触れておこうと思う。
「化粧も、その一環?」
「あ、気づいてくれた?最近始めたんだ〜」
「うちの学校、校則緩いから化粧禁止じゃないもんね…」
「ナチュラルなものだけだけどね。でも、将来役に立つし、覚えていて損はないからね。かという私も今までしたことなかったから、若葉に教えて貰っているんだけど…どう?上手く出来てる…?」
「ぼ、僕に聞かれても…その、化粧をした人の顔をまじまじと見たことはないし…」
「なんとなくだよ。ズレている部分はない?色はあっている?そんな感じで良いから!」
「そ、そんな感じと言われても…!?」
優しい石鹸の香りが鼻に触れる。
制汗剤、だろうか。近くにいるからよく分かる。
息が触れる距離。そんな近くにある彼女の顔は、いつもより血色がいい。
頬も、唇も、色がきちんと乗っていて。
瞼にもうっすらとキラキラとした何かをつけているのだろう。印象が少し、違って見える。
普段の距離では分からない。普段の彼女と変わらない。
けれど、これぐらいの距離であれば…彼女の変化は理解できる。
理解、できてしまう。
踊り場の鏡に、自分達の姿が映った。
ほんの一部。だけど、その距離は異様。
現実の僕らはただ、触れるか触れないかの距離にいる。
しかし鏡の中の僕らは、抱きしめ合っているかのような距離感。
顔が重なっていることも相まって、見てはいけないものを見てしまっているかの様な背徳感に苛まれた。
「に、新菜さん…大丈夫。遠目からだと、あんまりわからないけれど、近くで見たら、ちゃんと化粧してるなって分かるから…。色もちゃんと合っていると思う。個人的な感想だけど…!凄く、可愛いから…」
「そ、そっか。よかったぁ…若葉からね、汗で落ちない奴がいいよ〜っておすすめされたの使っているんだ。パーソナルカラーに合わせて、パレットとかも選んで貰ったんだよ」
「い、色々あるんだね…」
ステバほどではないが、僕からしたら完全に呪文だ。
でも、新菜さんは凄く楽しそうにしている。
話したかった?でも、話すだけなら足立さんとでも出来るはず。
じゃあ、教えたかった…のだろうか。
「みたい。私も初めて知ったんだけどね〜。本当によかった」
「何が…?」
「成海君に、可愛いって言って貰えたから。自信ついたかも」
「…そ」
これ以上可愛くなってどうする。
ただでさえ、いい人の新菜さんを陰ながら狙っている男子は多いんだぞ。
これ以上可愛くなられたら、姉さんの様に不特定多数から声をかけられるのではないだろうか。
…新菜さんほどの人なら、選び放題だろうな。
僕なんてすぐに眼中から外れるだろう。
「…成海君?」
「あ、いや。なんでも…。そうだ。鏡の前でどう見えているかやるんだろう?そろそろいい時間だし、やろっか」
「う、うん」
新菜さんから少し距離を置いて、昨日の約束通り二人で鏡の前に立つ。
新菜さんはスマホを構えて、自分達がどう映っているか写真に収めてくれる。
自信たっぷりの笑顔でスマホを構える新菜さん
そんな彼女から目を逸らし、肩をすくめた僕の写真が、彼女のスマホに収められる。
好きな人の努力を、可愛くなった事実を素直に喜べない自分が鏡にも、写真の中にも収められた。
心の底から、情けない姿だと思ってしまった。




