6:楠原三人姉弟
「お兄ちゃん、お昼の時間…ご飯冷めちゃう」
「もうそんな時間?教えてくれてありがとう、美海」
「ん。時間も分からなくなる程に硝子へ夢中な兄を持つと大変…」
「……そうか」
遠野さんと話していると、美海が店先を覗きに来る。
かなりの時間が経っていたようだ。もうすぐ一時。
一時間近くも、話し込んでいたらしい。
「おやおや、まだ話していたのか〜」
「姉さんまで…」
「やっほ。いいものは見つかった?」
「あ、はい。このランプ…」
「へぇ…いいセンスしてるね」
「あ、ありがとうございます?」
引き続き、僕と遠野さんを交互に見ては気持ちの悪い笑みを浮かべる姉さん。
その顔をしてもいいが、遠野さんだけには見えないようにしてほしい。
「そうだ。お昼まだでしょ?食べていかない?」
「流石にそれは…」
「遠慮しなくていいからさ、上がって!」
「この辺、ご飯のお店もコンビニもない。お腹空いた状態で彷徨かせるのは気の毒…。お兄ちゃんの長話にも付き合わせたし…」
「…え、あ、あの…」
遠野さんが姉さんに手を引かれ、美海に背中を押されながら自宅スペースに案内される。
なんてこった。遠野さんが自宅まで招かれてしまった。
「姉さん、美海。遠野さん困ってるから…」
「成海、午後のパートさん来たよ。引き継ぎ」
「お兄ちゃんちゃんと仕事して…」
「二人とも!」
「く、楠原君…!私は大丈夫だから!お言葉に甘えさせて貰うから〜!気にしないで〜!」
止めようとする僕へフォローを入れるように、遠野さんが声をかけてくれる。
三人はパートさんと入れ替わるように自宅へ向かってしまった。
「気にするって…あ、すみません。引き継ぎしましょうか…」
とりあえず仕事を終わらせて、大急ぎで自宅へと戻る。
遠野さん。姉さん達に変な事を吹き込まれて…否。変なことに付き合わされていないといいのだが。
「あの、坊ちゃん」
「坊ちゃんはやめてください…。それで、どうかされました?」
「トレイに置かれているものはどうしますか?」
そういえば、遠野さんにおすすめしたものをそのまま置いていた。
「僕が、戻しておきます。それから…これだけ。購入処理を」
「あら、これ一海ちゃんの…」
「あらあらぁ…お姉さんのぉ…おばちゃん達に任せておいて〜!」
何か誤解をされているような気がしつつ、バレッタだけを購入し、他は棚へ戻しておく。
渡せるかどうかはわからないけれど、気に入っていたようだから。
これは、ささやかなお礼として…持って行こう。
◇◇
楠原家は工房に併設した店スペースの廊下を通った場所にある。
勿論廊下から自宅に繋がる廊下の鍵は、僕たち家族しか持っていない。
店に繋がる扉の鍵を開けて、すぐに閉めて。
廊下を渡り、自宅の廊下へ繋がる扉を開く。
勿論ここの鍵を閉めるのも忘れずに。防犯の都合だ。
廊下を歩いていると、先に食事を摂っているらしい。
三人の話し声がする。
「月村町からわざわざここまでって…」
「そこってどこ?遠いの?」
「朝陽ヶ丘駅から、電車で一時間ぐらいなんだ」
「大変だぁ…」
「どうしても、公立に通いたくて…」
「あ、分かるかも。学費安いもんね」
「…何話してんの?」
「成海!遅い!」
「お兄ちゃんがしごできだから、先にご飯食べちゃった…」
「これでも早くしたほうだって」
家族で決めている、テーブルの席。
僕のいつもの定位置は空いているが…空いて、いるのだが。
「…隣、失礼します」
「お邪魔してるのは私のほうだよ?それに、いつもお隣さんなのに」
「…今日はまた違うじゃないか」
「いつも一緒だよ。ご飯よそおうか?」
「お客様にそんなことさせられないって…姉さん」
「私は使うんかい」
「一番炊飯器に近いから」
「はいはい。お茶碗貸しな」
お茶碗を手渡し、白米をいつも通り多めによそって貰う。
その間に、用意されていた皿の上に食事をよそう。
昨日の残りの肉じゃが、サラダ…姉さん、お客様に昨日の残り物を出したのか…?
「ほら、ご飯」
「ありがとう」
ご飯をよそい終わり、姉さんの手から僕の手へ。
こんもりと盛られたそれが僕の手元に渡る様を、遠野さんはじっと眺めていた。
「いっぱい食べるんだ」
「普通ぐらいじゃないか?」
「やっぱり、男子なんだね」
「…女子ではないぞ」
「お兄ちゃんはお姉ちゃんだった…?」
「私達三姉妹だったかぁ…」
「そこ、話に乗るな」
僕がいなかった短い間に、僕以上に仲良くなっている。
羨ましいと思う反面、遠野さんも姉さんも美海もコミュニケーション能力は高い部類だ。
高コミュ力が三人集えばなんとやら。
なんとなく、分かっていた。あっという間に打ち解けることができると思っていた。
…羨ましいとは、思っていない。
「それで、さっきまで何の話をしていたんだ?駅がどうたらって聞こえたけど」
「ああ。新菜ちゃんね、月村町から浜商に通っているって話」
「電車で一時間使って通う理由が…?何か強い部活とかあったかな…?」
「公立だから」
「なるほど、一緒か」
「一緒なんだよ、成海ぃ…」
「な、なんだよその目は…ニヤニヤして…」
「いやぁ。春ですなぁ。美海さんや」
「そうだね、お姉さん。春だね。ご飯が進んじゃうや」
見たこともない不思議な言動を、お客様の前でしてくる姉さんと美海。
二人がニマニマと笑う理由はやっぱりわからなくて。
でも、原因が自分であるように思えて…。
心に引っかかりを覚えながら、ご飯を口に運ぶ。
いつもは甘さを感じるのだが、今日は味を感じられなかった。