13:小さな勘違い
放課後。いつも通り新菜さんに誘われ、いつも通り彼女が帰る電車の時間までのんびり過ごす為、駅前に向かっていた。
「そういえば、新菜さん」
「んー?」
同じ制服の人は周りに沢山いる。
けれど、教室じゃ無ければ…名前呼びは比較的容易。
自分の心理がよく分からなくなっているけれど、見知った人に名前呼びをしているところを見られるのが、恥ずかしいのかもしれない。
…よく、わからないけれど。多分そう。
「バイトの件、前…完全禁止って話をしたような気がして」
「ああ、うん。そう言ってたね」
「ごめん。勘違いだったみたいで」
「…気にしてたの?」
「そりゃあ気にするよ…嘘吐いてたし」
「…」
「…どうしたの?やっぱり許せない?」
「流石に気にしすぎっ!」
新菜さんが少し呆れつつも笑みを浮かべ、僕の背中を痛くない程度に叩いてくる。
「勘違いは誰にでもあるよ。私は気にしてないから、成海君ももう気にしないで」
「…そうするよ。ありがとう」
「お礼を言われることしてないよ〜。それにさ」
「ん?」
「いや、勘違いでも謝るって、成海君は本当に真面目だなぁって。でも、気にしすぎて将来胃に穴が空きそう…」
「…そこまで?」
「そうなりそうって思っちゃったよ…」
その表情に笑みは一切無い。
間違いなく、本気で考えていそうだ。
「あまり気にしすぎるのもよくないけど、そういう真面目な部分が成海君のいいところなんだよねぇ…。あんまり否定しすぎたくもないや…」
「そっか…」
「適度に気を抜いてね!」
「それが自分で出来ればいいんだけど…」
「そ、そっか…自分で出来ないから、胃に穴が空きそうなことに…」
「ごめん。こんなこと相談して…」
「ううん。問題提起をしたのは私だし…できれば、私が支えられたらとは、思うんだ…」
「新菜さんって、凄く優しいよね」
「…そんなことないって、前にも言わなかった?」
「いいや。凄く優しいよ…。気づかない部分に気づいてくれたり、面倒事を一緒に抱えてくれたり、沢山力になってくれているから」
「それは成海君だけだよ…」
「え」
「聞こえていたでしょ?ちゃんと、聞こえるように、言ったから…」
「あー。うん、聞こえて、いました」
「…言い直しは、ないからね?」
「…うん」
照れくさそうに笑いつつ、緊張を隠すように口元を結ぶ。
普段の彼女が浮かべる朗らかなそれとは大違い。
だけど、その顔も凄く悪くなくて…ずっと、見ていたくなる。
不思議な人だ。周囲から見たら「変な顔」とも言えるこれが、僕から見たらとても愛らしく見えてしまう。
「出来ることは少ないかもだけど、力になれるところは、なりたいからさ…」
「ありがとう。そういうところに、いつも助けられているよ」
「助けられているなら、本望だよ」
七月に突入し、衣替えも夏服。
普段は袖や上着に隠されて見えなかった互いの腕が、素で触れ合う。
手を繋ぐわけでも無い。だからといって、腕を組む訳でもない。
ただ、触れるだけ。互いに近くへ来るよう引いている訳でもないのに、磁石でも仕込んでいるのかと思うぐらい、ぴったりと互いの肌に互いの腕を触れ合わせる。
僕も新菜さんも、文句は言わない。
そのままで、歩いて行く。
「…暑くない?」
「平気だよ。むしろ、成海君は最近平気?」
「何が?」
「冷房。どこに行っても、強めでしょ?寒かったりしないのかなって」
寒がりな部分を覚えて貰えていた。
変な性質だから覚えていたのかもしれないけれど、こうして心配して貰える程度に覚えて貰えていた事実に、胸が温かくなる。
「大丈夫。常にカーディガン、持ち歩いているし」
「あの、灰色の?」
「うん。少しボロボロだけど、意外と着心地がよくて、薄いから持ち運びも楽で…暖かいんだ」
中三の時に姉さんが「これ、おすすめだから」と僕に押しつけてきたカーディガン。
夏場の冷房に耐えられない僕の上着として重宝した結果、現在はくたびれてきている。
長期間、至る所で酷使した結果だろうな。
買い換えを考えているのだが、同じブランドの同じ商品でも何となく着心地が違っていた。
それに、大きな問題がもう一つ。
「姉さんから貰った時点で気がつくべきだったんだけど…そのブランド、レディースしか取り扱っていなくって…」
「じゃあ、成海君が着ている分も」
「サイズの大きいレディース…。ここまできたら、って感じで…後、着心地良くて…黙って着てるけど、変だと思われるかも」
「サイズは…まだ着れていたよね。問題ないの?」
「また身長伸びたから、ちょっときつめ…前、もう閉められないから…」
「そっか…ところで成海君、着心地重視なんだね。今度、カーディガン着てる時に触らせて。どんな肌触りか触ってみたい」
「ボロだけど、それでいいなら」
「むしろそれでお願い」
前のめりに、ボロへの期待を抱く新菜さん。
ボロのカーディガンのどこに彼女をここまでさせる要素があったのか。僕には理解できなかった。
「とにかく、ちょうどいい感じのカーディガンが見つからないんだ」
「そんなところ」
「じゃあ、誕生日までに探しておくね」
「…いいの?」
「うん。調べるのは得意だし。後で成海君が着ている服のサイズを教えて欲しいな。メッセでいいからさ」
「わかった。後で送るよ」
「ありがと。たまにサイズ表記が曖昧なものもあるから、身長と肩幅と腕の長さもあると嬉しいかも」
「う、うん…自分で測るから曖昧かもだけど…」
「大丈夫。問題ない。おおよそがあればいいから」
「う、うん…」
真顔で言いきる新菜さんの様子は若干嬉しいというか、何か顔がにやついている。
…僕の身長を含めた身体データで何をする気なんだ。新菜さんや。
怪しげな新菜さんに不信感を抱きつつも、僕はメモに今日帰ったらやるべき事を記しておく。
「父さんに長期紹介バイトの件を聞く」その下に「自分の身長、肩幅、腕の長さを新菜さんにメッセージで送る」と書き記した。




