11:二人だけの距離感
「ただいま、成海」
「おつかれ、陸。吹上さんは…かなり絞られたな」
「よよよ…成海太郎。陸氏は鬼。退治して」
「そんな桃太郎じゃないんだから…」
教室に戻って、いつもの六人でだらっと話を続ける。
美咲は戻って早々成海君の背に隠れ、鷹峰君を警戒していた。
美咲の距離感が近いことは分かっている。
付き合いは短い。けれど、その距離感の近さに何度か翻弄された。
だから、美咲にとってそれは当たり前の距離感だということは…分かるのだけれど。
…さりげなく、成海君の背中に、美咲の手が伸びている。
前は複雑だっただけなのに、今じゃ明確にモヤモヤする。
私だって、触れたことないのに。
「むぅ…じゃあ、誰に陸氏を退治して貰えばいいの?」
「「そもそも退治して貰うことが前提なのがおかしいと思う…」」
「そう?若葉、渉氏。そこんところどうよ?」
「お、俺はノーコメント」
「右に同じ〜」
「ちぇっ、反骨精神のない奴らめ…。いつの間に牙を抜かれてしまったらしい…」
皆の話が頭の中に入ってこない。
皆で試験対策をしていた時間。学生らしい時間を送る中で、若葉と美咲の距離感も「友達」らしく近くなっていた。
自分とは違うと分かっている。
二人の好感も、ちゃんと違うって分かっているのに。
「成海、美咲にあんま付き合わなくていいって。陸与えとけ、陸」
「はっ!?若葉裏切る気!?」
「いや別に裏切りとかじゃないし。自然な反応だし」
「異議あり!証人は嘘を吐いている!」
「嘘吐いてないし」
「どうせ陸氏を恐れてのこと…。やれやれ今、反逆の時だというのにね。新菜はそう思うよね」
「わ、私…?」
「無関係な人を巻き込むな。その無駄な反抗心、今すぐここでへし折ってやる。数学のノートを出せ。修正箇所も面倒見てやる」
「私ちょっとトイレ…」
「さっきも行っていたよね。次の行先は泌尿器科かなぁ?」
「ぴっぴー。陸氏、セクハラ」
「友達の体調を心配しているだけさ。セクハラとは心外だね…」
「異性相手に泌尿器科行っとく?は流石にやべえって…」
「ここは成海ジャッジいれとこ。成海、どうよ」
「最終的な判断は僕か!?」
「「まあ、陸は成海相手だとすぐに屈するから…」」
「君達が俺の事をどう思っているかこの一言で重々理解したよ…」
「で、成海氏。どうなの?」
「ま、まあ…個人的にはアウトかな。俺と渉相手ならともかく、吹上さん相手はなぁ…」
「うっ」
「お、陸。心臓押さえてどうした。お前は循環器科か?」
「いや、違う…。渉、これは…」
「し、死んでる…陸氏、死んでるよ!」
「生きてるよ…勝手に殺さないでよ。まったくもー…」
鷹峰君も一瞬だけ死んだふりをしていた。案外ノリがいい。
厳しいところの方がよく目につくけど、あの美咲に根気強く付き合ったり、その合間に若葉と森園君の面倒を見ていたのだから、やっぱりこの人、成海君関係以外でも普通に面倒見がいい人だよね…。
「てかさ、成海。いつまで私達のこと苗字呼びなわけ?」
「えっ」
「友達だし、名前呼びでいいって。ほらほら、遠慮無く…」
「や、やっぱり照れるから…追々」
「あ〜。そういうね。おけ」
「気長に待つしか無いかぁ…」
時折、若葉と美咲は成海君へ名前呼びの催促を行う。
けれど、いつも成海君の返答は決まっていて。
それを二人も受け入れていて…そのまま終わる。
そして時折思い出したように、同じ話題が繰り返される。
今は、そんな成海君の態度に余裕でいられる。
今は一人だけだから。
私だけが、名前で呼んで貰えているから。
でも、いつか根負けしたらどうしよう。
若葉と美咲の事を、若葉さん、美咲さんなんて呼び出して…。
その“ついで”に私を名前で呼べるようになるのは…絶対に嫌。
順番は大事。
三人同時も、ついでも絶対に嫌。
最初に名前を呼んで貰うのは、私でいて欲しい。
「…遠野さん?」
「あ、ごめんね。楠原君。どうしたの?」
「いや、普段と様子が違ったからさ。気になって」
「…具体的には、どう違って見えた?」
「え」
「…自分じゃよくわからないから、人の目から見て、どうなのかなって」
「ああ…。なんか、心ここに非ずって感じ。何か悩み事でも?相談相手になれるかどうかわからないけれど、困った事があれば、なんでも…」
「…これは君にしか解決できないよ」
「僕だけ?」
「ん。だから、早く、照れないで呼べるようになってね」
ほんの少しだけ、けしかけておく。
君はそれで分かるはず。
そして、優しい君は…それを成し遂げようと思案するだろう。
成海君の思考が、一瞬で「私」に染まる。
その光景が面白くて、嬉しくて…。
同時に彼に対し、そこまでの独占欲を見せてしまうほど、自分の感情が上手くコントロール出来ない現状からは、目を逸らし続けた。




