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Praesens4:顔なじみと失敗談

気がつけば朝が来ていたらしい。

少しだけ重い上体を起こし、周囲の様子を確認しておく。


まだ積まれた段ボール。

その隙間にところ狭しと敷かれた布団。

隣に置かれたフレームだけのベッドが哀愁を誘いつつ、私は布団の上へ視線を落とした。


「…すぅ」

「…可愛い」


スマホを構えて、何度目か分からない寝顔の写真を撮る。

寒がりな成海が風邪を引かないよう、いつも事が済めば服を着せる。

だから半裸で寝ている成海は見たことがない。正直言えば見てみたい。

だけど、こうして無防備かつ気持ちよさそうに寝ている成海は悪いものではない。

なんなら、これはこれで最高だと思っている。


成海は全く自覚があないけれど…成海の顔はとてもいい。

楠原三姉弟は全員お母さん似だったりする。

一海さんと美海ちゃんはよく「今日も知らない人から告白された」と愚痴をこぼしていた。


成海の顔も勿論同系統。

綺麗で、格好良くて、可愛さが残る顔。


表情は常に柔らかい。

誰隔てなく優しいと言うわけでは無いけれど、思いやりはある人。

正直私が捕まえるまで、成海のいいところを陸君以外知らなくて良かったなって思ったりする。

同時に「こんないい人を今まで放置とか全員眼球ついてんのか!?」と怒りたくなる気持ちもある。

…非常に複雑。


「…にいな?」

「お、お目覚めかな。お姫様?」

「だれが…ふわぁ…」


一緒に暮らすようになってから知ったのだが、成海は意外と朝が弱い。

早起きしているイメージだったけれど、基本的にギリギリ起床。


ぼんやりした目のまま、頭を軽く揺らす。

支えが無いとずっとこのままらしく、たまに頭や首を痛めた状態で朝ご飯を食べに来たりしていたらしい。

まあ、私が側にいる限りそんな目には二度と合わせないけどね。


「ほーら、成海。新菜さんですよ〜」

「…にいな。はよ」

「おはよー。あ、カーディガン着たまま寝たの?」

「まだなんかさむかった…」


お揃いで買ったパジャマの上に、寝る前には来ていなかった薄手のカーディガンが追加されていた。

本当に寒がり。どんな対策をしても改善されなかったから、生まれつきのものなのだろう。

汗はほとんどかかないし、羨ましい部分もあるのだけど…ここまでずっと寒いと感じてしまうのは、生活が大変そうだ。


「夜中は冷えるけど…私もう半袖だよ?ホントに寒がりなんだから〜」

「んー…」

「今年は冷房、どうする?」

「…いつも通り僕が厚着する」

「じゃあ、私は成海にくるまろうかな!」

「暑すぎて熱中症になるぞ」

「それは困ったなぁ…抱きついて寝たいのに…」

「僕は構わないんだが、新菜が間違いなく暑すぎて倒れるだろうから…」

「そこなんだよねぇ…あ、そうだ。成海」

「んー…?」


意識がしっかりしてきたタイミングで、日課を行っておく。

意識がぼんやりしている時にするのは簡単だ。

でも、互いにしたことを覚えておきたいから…成海がちゃんと起きてから。


「んっ…」

「っ…と」


両肩に体重を預けて、触れるだけ。

昨日みたいな深くて長いキスも好き。だけど、触れるだけのキスも好き。

成海とする事なら、何でも好きなだけかもしれないけれど。


「改めて…おはよ、成海」

「…いつも思うが、歯磨きした後とかの方がいいんじゃないか?」

「私は気にしないから。朝一番に成海を堪能させてね〜」

「新菜がそういうなら、うん…」


複雑そうにしつつも嬉しそうに、口元に手を当ててにやけるのを隠す成海。

私はそれを背後で見守りつつ、二人で朝の時間を過ごす。


今日は何をして過ごそうか。


…引っ越しの、荷ほどきか。


◇◇


流石に簡単なものを食べ続ける生活はまずいと思い、午前中は食品の買い出しへ赴くことにした。


「流石に毎日メロンパン生活はなぁ…」

「楽なんだけどね…」

「こう、楽をしていると凝った朝ご飯を作りたくなってさ…」

「それ成海だけだよ…」


私はできるだけ楽をしたい派閥だし、今のメロンパン生活も悪くないなと…むしろこれからもこれでいいかもななんて思っている。

しかし、成海は今まで通りスコッチエッグを作ったり、ベーコンエッグを作ってみたり、凝った朝ご飯を作りたいらしい。


料理が上手になれば、成海の気持ちも理解できたりするのかな…なんて思ったこともあったけど、これはどうやら成海の性質。

楽をしたいと思っている内は、成海の気持ちを理解することは叶わないだろう。


「そうか?いやぁ…新菜に美味しいご飯を…おっ、ナスが安いな。味噌汁に…」

「成海!横歩きで八百屋さんに入らないよ。普通に入る!」

「はい…」


こうして一緒に買い物をしに行ったのは、今日が初めてではない。

高校時代から毎週買い出しに出かけていたし、どういう傾向で買い物に向かうかなんて把握しきっている。


「全く、どこに目がついているんだか…」

「新菜と同じところだよ…すみません、ナスとキャベツと、それからトマトと…」

「なるぼう、相変わらずいい買いっぷりっすね。キュウリおまけしておいてあげるっす!」

「野菜が美味くなる時期だからね。ありがとう、正輝兄ちゃん」

「いいんすよ〜」


八年間、毎週…それ以上の頻度で買いに行っていた影響で、八百屋の店主さんとは顔なじみになっていた。

…と、いうか。若旦那が成海の昔からの知り合いらしい。


昔、家を継げと言われたときに反発して…楠原家に転がり込んで、硝子職人として働いていたらしい。

楠原三姉弟の兄貴分みたいな立ち位置だけど、姉弟から学ぶこともあったらしく…紆余曲折ありながらも、今は八百屋の若旦那として後を継いだそうだ。


「で、なるぼう。この前、一海ちゃんから結婚したって聞いたっすけど…」

「ああ。正輝兄ちゃんには報告遅れたね。こちら。うちの奥さん」


奥さん…その紹介に自然と頬が緩んでしまう。

そう紹介される関係になったこともだけど、成海の成長をこの一言だけ感じるから。

昔の成海だったら、絶対に言わない。


「なるぼうを捕まえるたぁ、いい目あるっすよ、奥さん。今までなるぼうのいいところを理解していたのは陸君ぐらいですからね」

「陸君は本当に周囲からの信頼が厚いですね…」

「あの子はなるぼうの事になると、一海ちゃんにも容赦ない一撃を食らわせる男っすからね…なるぼう関係だと頼りになる男でしたよ…。あいつは今、どこで何をして?」

「東京で大手商社に勤めてる」


「そっか。なるぼう遂に陸君から捨てられたんすね…」

「捨てられてないよ。今も毎日連絡取り合ってるよ」

「そうっすか。でも、まずあいつは信用できる人ができない限り、なるぼうを置いて県外なんて出ないっすからね…」


若旦那は私をじっと眺めて、安心したように微笑む。


「奥さんがいれば、もう大丈夫と思ったんでしょう。これからもなるぼうと当店をよろしくお願いするっす」

「こちらこそ」


野菜を買い終えて、ぶらりと商店街を歩き続ける。


「それにしても、奥さんかぁ…」

「どうした?」

「ううん。そう紹介される関係だけど、いざ紹介されたら嬉しくてさ」

「そんなもの?」

「そんなものだよ。覚えてない、成海」

「何が?」

「昔さ、付き合う前なんだけど…初デートの時、クラスメイトに遭遇しちゃった事、あったでしょ?」

「あー…思い出しただけでも胃が痛い」


初デート。成海からしたらそうじゃないかもしれないけれど、私にとっては初デート。

少し遠出をして出かけた先。

私が一歩を踏み出した先で、成海がしでかした失敗の話。


でもその失敗を生んだ気持ちも分かるんだ。


今でこそ笑い話になってしまう、互いに自信がなかった時の話。

あの時は、そうだなぁ…。

期末試験の直後、だったかな。


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