Praesens3:一番好きな君の性質
風呂場にて。
今まで膝を曲げて入る風呂ばかりだったので、こうしてまっすぐ足を伸ばせる状況がとてもいい。
湯船の中から真っ白な背に向かってタオルを宛がいつつ、気を抜けた時間を過ごす。
なんて贅沢な時間だろうか…。
「でもさ〜。成海、思い切ったよね」
「何が?」
「家だよ。まだ私達二十四歳だよ?」
「新菜だけな〜」
「三ヶ月後覚えてろよ〜?」
僕はまだ誕生日を迎えていないので二十三歳。
そうか。「もう」二十四歳になるのか。
「そんな歳に一軒家を買おうだなんて…最初はびっくりしたよ」
「新築ならともかく、中古だぞ?」
「中古でもびっくりだよ」
「ちゃんと姉さんと義両親にも相談したし…」
「私が一緒に暮らすのに、私には相談しないって薄情では?」
「…サプライズだよ」
じと〜っと、新菜の視線が鏡越しに向けられる。
これは若干ご機嫌斜めの時の目。
確かに相談しなかったのは悪いと思っているけれど、驚かせたい気持ちもあったのだ。
「そういう心臓に悪いサプライズはサプライズとして認められません」
「へーい…。はい、背中おしまい」
「ありがと。腕、お湯かけるね」
「助かる」
泡だらけのタオルを新菜へ、それから腕に付着していた泡を新菜に流して貰う。
これで僕の仕事はおしまい。
後は新菜が一通り終えるまで、のんびりお湯に浸かるだけ…。
「で、前も成海が洗う?」
「…自分でしてくれ」
「前はしてくれたのに〜…」
「前は新菜、腕痛めていたし…」
「うっ…そうだった。その時だけなんだ…」
「一緒に風呂入るだけでも限界なのにこれ以上は勘弁してくれ」
「はいはい。も〜。何年経っても成海は成海だなぁ」
「それってどういう意味で?」
「いやぁ…照れ屋さんで奥手な部分は変わりないし、むしろそれが成海だからな〜って受け入れてもいるけれど…」
身体を洗い終え、片足を湯船へ。
新菜は当たり前のように僕を背もたれにし、僕の指先へ手を伸ばす。
「たまには、自己主張激しめ成海も、私は受け入れたいなぁって」
「…いいのか。変な事頼んでも」
「成海の変な事って、私を一日抱き枕にしてごろごろしたいとかでしょ〜?」
「…なんでわかられているんだ」
事実お願いしようとしたことを当てられ、なんとも言えない反応をしてしまう。
やりたいことは多い。お願いして叶えられるのならお願いしたい。
ただ、新菜の負担を考えたらとても口には出せやしない。
「理解しているからだよ。世界で一番ね」
「新菜が言うなら、そうなんだろうなぁ…」
「今回のお願いだって、私に遠慮して、ギリギリ口に出せるお願いをしたってところかな」
「…」
「図星でしょ?」
「…はい」
「一日中好きにさせろとか言っていいんだよ〜?」
「いや、流石にダメだろ…」
「欲望のままにとか、私は許容するし…」
「…新菜」
「あ、これ怒ってるな…」
「そりゃ怒る。僕は嫌なの。別に進んでやりたいとは思わないし、なによりも新菜の負担になることは絶対に嫌なの」
「ごめんごめん。やり過ぎた…」
「もうしないでくれ」
「はいはい。勿論だよ」
背もたれをやめて、正面に。
湯船からすくい上げたお湯と共に、新菜は僕の頬を弄んでくる。
むっとして堅くなった頬を、ほぐすように。
「私、成海のこういうところが一番好き」
「こういうところって?」
「自分より私なところとか」
「当たり前だろ」
「はい、いつも通りもちもち成海」
「僕の頬より…そっちの方がもちもちじゃないか?」
「どこを見て言ってる?」
「新菜のほっぺ」
「もっと視線下に向けろって感じだよ。心配になるよ」
「心配されるような事にはなっていないだろ…」
「でもでも、最後にしたの、一ヶ月前じゃない?」
「まあ、それぐらいになるのか」
ここ最近は引っ越し、仕事、その他諸々で忙しくしていた。
新菜とこうしてゆっくり過ごすのも、久々かもしれない。
「仕方ないといえば、仕方ないよねぇ…ここ最近、忙しくしていたし」
新菜の手が、首元に添えられる。
指先がゆっくり肩をなぞるように這って…新菜の胸元へ戻る。
「でも、それを言い訳にしてほしくないなぁって…思ったりもするわけです」
「……」
「で、今日はどうする?」
…聞かなくたって、答えは分かっている癖に。
期待を隠すように、新菜へ抱きつく。
答えは二人の間でわかれば、それでいい。




