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Praesens2:初給料でお祝い

「…と、いった具合じゃ無かったか?」


記憶を辿り、八年前の出来事を振り返る。

その横で新菜はどこからか発掘した自分の日記を開き、僕が語る過去と自分が記録した過去が一致しているか確認をしていた。


「流石成海。よく覚えているね」

「その日記も随分事細かに書いてあるようだな…?」

「当然だよ。成海のことは逐一記録しているからね。忘れたくないから」


「そっか。ちなみに本当のところは?」

「いつかお爺ちゃんとお婆ちゃんになった時に、あんなことあったね〜って振り返られるようにしたいんだよね。成海とは楽しい老後を過ごしたいから…」

「そんな先まで見据えていたのか…」

「人生設計はもうしてるから…百歳になって、お墓に一緒の命日刻もうね…?」

「意識高い…」


新菜は料理の記録もそうだが、何から何まで記録してくれている。

僕的には「どこがだ」と言いたくなるのだが、本人曰く「忘れっぽい」らしく、些細なことまで逐一メモに取り、記録しておくのだという。

そういうマメなところも、彼女のいいところだ。

その性質に何度助けられたか。


…今も新菜に予定を伝え、代わりにスケジュール帳を作って貰っているし。

記録や纏めるのが本当に上手いんだよな、新菜は。


「ところで成海。もうすぐ晩ご飯の時間だけど…」

「まだ調理器具とか出し切れてないし、今日は惣菜でも買いに行くか〜」

「いいねぇ。奮発しちゃいましょうぜ、寿司とかさぁ」

「引越祝いだしな〜。とりあえず、簡単に段ボールで机を作ってから…」


出かけよう。そう言おうとしたタイミングで、チャイムが鳴る。

誰かが来たらしい。

こんな時間にやってくるということは、身内だと思うが…。

姉さんか美海。どっちだろう。


「新菜、休んでいてくれ。僕が出てくる」

「お願い!」


玄関先に向かい、締め切ったドアの先から来客へ声をかける。


「どちら様で?」

『お兄ちゃん、私』

「私さんは知らない」

『寿司と茶碗蒸しあるよ』

「いらっしゃい我が妹よ」

「現金な兄…」


声だけでもわかる。

八年前は小学生。今では立派な成人女性。楠原美海は買ってきてくれた寿司パックと茶碗蒸しを抱え、新居へ遊びに来てくれた。


◇◇


美海を片付いていないリビングに通す。


「あ、美海ちゃんだ!」

「新菜義姉さん、久しぶり。ウエディングドレスの撮影以来だね。もう一週間前?」

「それ、久しぶりか?」

「うんうん!一週間前!前は毎日の様に会っていたのに…一週間も会えなくなんて…」

「私も実家出たからね〜」


美海は就職を機に、実家を出て一人暮らしを始めた。

姉さんも既に一人暮らし。僕は今年の春から新菜と二人暮らし。

職場との距離や、今後のことを考えたら、僕がいなくなるタイミングで自分も一人立ちをしたいと相談してくれ、こうして一人暮らしに至ったというわけである。

美海の引っ越しの際は、僕らが手伝いに行った。

今回はその恩返しみたいなようなものだ。


「てか、寿司。わざわざ買ってきて…」

「初給料で引越祝いと結婚祝いしてもいいじゃん」

「出来た妹で兄ちゃん嬉しいよ」

「でしょ。もっと褒めなよ」

「でも、僕たちの事はいいから。自分の事に使って欲しい。せっかくの初給料なんだから」

「私も成海と同意見だよ。気持ちは嬉しいけど、美海ちゃんが初めて働いて手に入れたお金なんだからさ…」


「ん…お兄ちゃん達が謙虚なのは分かっていたけど、めでたいことなんだからちゃんと享受して欲しいんだけど」

「「でもでもだって」」

「ホント似た者夫婦なんだから…。まあ、確かに初給料で兄の結婚祝いってどうなの?って話は職場でもされたんだけどさ」

「「ほらやっぱり」」

「でも、私にとってお兄ちゃんは美味しいケーキを…パティシエになる夢の象徴みたいな存在なんだよ」

「…」

「こうして上手くやれているのも、お兄ちゃんの支えがあったからって部分も大きいしさ。就職するって話をした時も、一人暮らしをしたいって言った時も、私の背中を押してくれたじゃん。凄く嬉しくてさ」

「美海…」

「だから、初めての給料はお兄ちゃんと新菜義姉さんに使おうって思ってさ。今日を楽しみにしていた訳なんですよ。で、そんな楽しみを二人は全力で拒否してさぁ…なんか悲しくなってきちゃった」


「…ごめん美海。流石にそこまで考えてなかった」

「私も、そこまで考えて、こうしてお金を使ってくれただなんて…」

「そういうことだから。二人は私の初給料の味をたんと楽しむといいよ」

「じゃあ、遠慮無く。机まだ出てないから、段ボールの上を机にしてくれ」

「お箸は割り箸と使い捨てスプーンがあるからそれ使って。ゴミは私が持ち帰るよ」

「それはダメ。荷物になるから置いていって。容器程度増えたって、たいした量じゃないからね」

「じゃあ、そこは甘えるね。新菜義姉さん」


三人で賑やかに、完成しきっていない食卓を囲む。

段ボールの上に寿司パックを並べ、紙パックのお茶を飲む。

茶碗蒸しは少し冷たいけれど、これはこれで有かもしれない。


「そういえば、お兄ちゃん。仕事の方は大丈夫なの?」

「平気。販売品は作り溜めたし、オーダーの進捗もバッチリだ」

「私がスケジュール管理しているし、大丈夫だよ」

「お兄ちゃんとお姉ちゃんが工房を切り盛りするようになってから、硝子インテリアのオーダーメイドとか始めたって聞いたけど、上手く軌道に乗ってるんだ。」

「まあな。それにゴールデンウィークも過ぎたし、しばらくは落ち着ける。そういう美海はどうなんだ?」


「しばらくは洗い物とかがメインだよ。下積みして、技術を近くで見て、いつかはって感じ。まだ果物にすら触れてないよ…」

「大変そうだな」

「うん。でも、地味なところも必要なことだから頑張るよ」

「その意気だよ、美海ちゃん」


仕事の話をして、しばらくしてご飯が無くなる。

そのタイミングで、明日も早いからと美海が家に帰ってしまった。

前みたいに、長々と一緒にいられるわけではない。

もう、それぞれの生活がある。


「新菜」

「なあに?あ、もしかしておふ」

「コンビニでお酒でも買いに行こうと思うんだが…なんか、違ったな」


もういい時間になっているし、荷ほどきの続きは明日にしよう。

そう思い至り、一杯やろうと思って…アルコールを欲してしまう。

新菜も同じかなって思い、どれがいいか聞こうとしたのだが…新菜の気分はまた違うらしい。

返事のチョイスを間違った僕は、思いっきり頬を膨らませる新菜と向き合うことになってしまった。


「むっす〜!私よりお酒なんだ。そんな酒癖の悪い子に育てた覚えはありませんよ!」

「ごめん。ごめんって新菜。一緒にお風呂入ろ。背中流させてくださいな」

「よろしい!お酒より私だよね。当然だよね」

「新菜に酔うとアルコールよりふわふわになるんだが…」

「仕方ないね。そういう仕様だから。さ、成海。レッツ入浴!」

「はいはい…」


箱の中からタオルと着替え、それから予め用意していた旅行の時も使ったトラベルシャンプーセットを片手に、予めセットしていた風呂場へ向かっていく。

新居は足を伸ばせる浴槽にしてみたが…入浴の心地はどうだろうか。楽しみだ。

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