5:具現化した透明
「遠野さん」
「あ、うん!」
「ピックアップしてみたんだけど…どうかな」
専用のトレイにおすすめを乗せ終えて、遠野さんが見やすい場所に設置する。
遠野さんはその上に並べられた作品をじっと眺め始めてくれる。
「色々あるね。グラスとか、置物とか…」
「これは父さんで、これはうちに勤めている職人さんが作った作品」
「凄く小さいのに…硝子でこんな細かい細工ができるんだ…わ、このバレッタ、凄く綺麗…」
ピックアップした中で、遠野さんが手に取ったのは硝子の破片をちりばめたバレッタ。
姉さんの作品の中でも、特に自信作と言っていたものだ。
「姉さんの手作りなんだ。今日から、僕の作品と姉さんの作品、見習い価格で置かせて貰っていて…」
「楠原君の作品もあるの!?」
「う、うん」
「トレイの上にある?」
「…僕が選んだ分の中には、ないよ」
「お店の中には、まだあるの?」
「ある、けど」
売れ残っているから、まだここにある。
姉さんの作品の様に、誰かの目に映ることはない。
「一つ?」
「…うん」
「間違っていたら申し訳ないんだけど、あの端にあるランプ?だったりする?」
「なん…で」
指し示した先には、僕が作ったモザイクランプ。
緑を基調にし、白と黄色の欠片をちりばめて作り上げたそれは、今の遠野さんのような出で立ち。
置いてはいいといわれたけれど、やっぱり自信はなくて。目立たない端に置いたのに。明かりもつけず、光も当たらない場所に置いているのに。
どうして、見つけてくれるのだろうか。
「わからない。でも、お店に入った時から凄く気になって!楠原君が作った作品だったんだね」
「……ん」
「近くで見ていい?」
「…勿論。明かりもつけるよ」
「まだ明かりついてなかったんだ。綺麗だったから、ついているかと思ったや」
「よく見てるね」
「目を惹いたから。つい」
目を惹いた。その一言は、職人としては最上と同じぐらい大事な言葉。
父さんや職人さん達の作品じゃなくて、僕の作品に一番興味を抱いてくれた。
つい、頬が緩んでしまう。
バレないように顔を背けつつ、電球の電源をつけ…ランプに明かりを灯す。
ちりばめた硝子の隙間から、光が色を透かし、周囲を優しく照らす。
「わぁ…」
「どう、かな…」
「最高!このまま買いたいぐらい!」
「あ、ありがとう…そう言ってもらえるとは思っていなくって。嬉しい」
「私こそ、素敵な作品を見せてくれてありがとうね。最初に惹かれた作品が、楠原君の作品だなんて思っていなかったよ。凄いね!」
「…ありがとうございます」
嬉しい言葉を沢山貰ってしまう。
一つ、二つなら耐えきれた。けれど、一度にこんなに沢山貰ってしまえば、照れに限界がやってきて、両手で顔を覆い隠してしまう。
「どうしたの?」
「照れの限界が来まして…」
「こんな凄い作品を作っているなら、沢山お褒めの言葉を頂いていると思うんだけど…」
「作品、置くの…今日が初めて…」
「こんなに綺麗だから、前にも置いたことがあるのかと…じゃあ、私がお客様第一号になれるかもなんだ。お小遣いの範疇で買えると…きゅっ!?」
覆い隠した暗闇から、遠野さんの驚く声がする。
指の合間から覗いた彼女の目はまん丸で。口を震わせていた。
それもそうだろう。
モザイクランプの相場は…それも手作りとなると、そう簡単には手が出しにくい金額になる。
学生なら、尚更だ。
「い、いちまんえん…て、てきせいかかく…?いや、それよりやすい…?」
「…無理はしないで。絶対」
「ごめんね、今日手持ちがなくて…」
「気にしないでよ。褒め言葉と買おうって思ってくれた気持ちだけで十分だから…」
嬉しいことばかりあった。けれどこれ以上は望んではいけない。
ここから先は遠野さんにも負担を強いる。
言葉と気持ちで十分だ。十分すぎるんだ。
でも、その言葉に応えたい気持ちも、どこかにあって…。
「…今日で、ひっこめておこうか?」
「それはダメ!」
つい、言葉が漏れてしまう。
けれど遠野さんはまっすぐと、言葉を紡ぐ。
それは、ダメだと。
「その作品が日の目に出ることで、他にいいなって思う人が絶対にいるから!その人に渡るチャンスは失わせちゃダメ!」
「…そう、だね」
「買い手がつく前に、お小遣い頑張って貯めるから!」
「わ、わかった。これは店先に置いておくから…買い手が来るのを、待っているよ」
「そうして!」
「色々と、無理しないでね」
「勿論!アルバイトもするから!案外早く…」
「うちの学校、バイトがバレたら退学だから…絶対やめて」
「そうだったんだ。それはダメだね。でも楠原君…」
「僕は家の手伝いだから」
「なんかずるい」
「無賃労働だけど」
「ブラックじゃん。羨ましくなくなったや」
「だろう?」
最初よりは軽やかに。
暖かな春の日差しが差し込む店先で、弾む会話を続ける。
この暖かな時間が、ずっと続けばいいのに。
そう思いながら。和やかな昼下がりを過ごしていく。