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9:お祝いはいつでも出来るから

お母さんが死んじゃってから、うちは大きく変わった。

お父さんは私達を育てる為に、もっともっと忙しくなった。

お兄ちゃんは怪我や病気を極端に怖がるようになって、お姉ちゃんは「この雑誌の人にスカウトされたから」って、モデルをやるようになった。


お母さんがいた時にはなかった「バラバラ」の時間が増えて、幼い私は戸惑っていたと思う。

お兄ちゃんもお姉ちゃんも同じ。

違う中で、抗って…できる限り普段通りにしようとしてくれた。

パウンドケーキは、その普段通りにしようした結果の一つ。


『美海。お兄ちゃん、ケーキ焼いたんだ。美海の誕生日ケーキ』

『ケーキ?』

『うん。今年はお父さんも帰ってこられないし…自由にお金、引き出せないから。ケーキ屋さんのケーキがいいなら…』

『ううん。お兄ちゃんのケーキがいい』

『本当?』


パウンドケーキは、お兄ちゃんが初めて作ってくれたお菓子だった。

でも、お兄ちゃんは当時予熱の概念どころかオーブンの使い方も曖昧で…最初に出されたときは生焼けだった。


『…まだ生地残ってる』

『あ、あれ…?』

『こういう時は、正輝お兄ちゃんに頼ろう』

『ちゃんとできたと思ったのに…ごめんなぁ』


硝子工房に出入りしている若い職人の一人「葛正輝かつらまさき」さんに頼んで、オーブンの設定をして貰い、そのパウンドケーキは焼き上がったのを、よく覚えている。


『なるぼう、美海ちゃんの為にケーキ焼いたんっすね〜。偉いっす。可愛いっす。子供っていいっすねぇ…』

『でも失敗しちゃった』

『なにおう、なるぼう。失敗は成功のお母さんっす!最初から上手く作れる職人がいないように、最初からなんでも上手くこなせる人なんていないんすよ。だから、失敗は恐れる必要は無いっす。それもなるぼうの立派な経験になるっすよ』

『正輝兄ちゃん…』


新菜さんに言っていた事は、大体正輝さんの受け売りだけど、それほどお兄ちゃんに影響を与えたということもあるだろう。

正輝さんに見守られつつ完成したパウンドケーキを切り分けて、三人で食べた。

お姉ちゃんには内緒。

三人だけで、こっそり食べた。


その日食べたパウンドケーキは特別なものではないし、むしろお兄ちゃんにとって初めて作ったケーキだから、違和感のある食感が多かった。

けれど、私はそれが大好きな味になった。


お兄ちゃんがどんなに上手になって、お店で出せるケーキが作れるようになっても私は「最初のケーキが特別」だと言うだろう。

何度でも、絶対に。その答えは、変わらない。


◇◇


オーブンから取り出されたパウンドケーキを型から取りだし、均一に切り分ける。

それをチーズケーキと共に皿に並べたら完成。

飾り気は一切無いから、写真映えは一切しないけれど…新菜さんはまるで宝石を見るような目を向けて、チーズケーキとパウンドケーキの撮影に勤しんでいた。


「凄い!凄い凄い!お店のケーキみたい!」

「あ、ありがとう…でも、そんな写真映えは」


世間ではインステ映えとか、そういう言葉があるらしい。

SNS映えした写真を撮るのが、新菜さんぐらいの若者の間では流行っているとか、なんとか…そんなことをバラエティ番組で言っていた。

新菜さんもそういうのをしているのだろうか。

それように撮影しているのなら、もっと背景とか食器とかこだわったものを出せば良かっただろうか…。


「私の誕生日ケーキを撮影しているだけだよ。撮影映えとか関係ないよ?」

「そ、そう…」

「今から全部食べちゃうけど、思い出はずっとにしたいから。ね?」

「そっか。そこまで言ってくれると嬉しいよ。後は口に合えばいいんだけど」

「成海君の作るものは全部美味しいし、教えたご飯も美味しかったから絶対美味しいよ。それに美海ちゃんのお墨付きだし、ね〜」

「ね〜」


美海は美海でもう早速ケーキを両方食べ終え、二切れ目に手を出そうとしていた。

六等分されたチーズケーキ。内三つが美海の腹の中に収まってしまうらしい。


「新菜さん。せっかくだし、生産者と一緒に写真撮れば?」

「ケーキと成海君のツーショット?」

「それもだけど、せっかくの誕生日祝いだし、生産者と贈答対象の二人でケーキ抱えてさ」

「…美海ちゃん策士」

「褒めていいよ。じゃ、新菜さんスマホ貸して。生産者、そこに立って」

「生産者言うな」


美海に指示されるがまま、指定された位置に立って、ケーキの小皿を抱えてにっこり。

写真を数枚撮られた後、美海は新菜さんへ隣に立つよう指示を出す。


「チョット、ニイナサン、トオイヨ。モット、オニイチャンノ、チカク、ヨッテヨッテー」

「これでも十分近い方だろ…」

「モットー」

「こ、これぐらいかな…」

「もう腕が密着しているんだが…」


「ダキアッテー」

「「流石にそれは近すぎる!」」

「距離感バグってるのに抱擁は拒絶とかどうなってんのさ…じゃあ、そのままの距離でぎこちない顔は辞めてね。はい笑顔〜」


互いの呼吸の音さえ分かる距離。

腕越しに伝わる異なる肌の感触と熱を受けつつ、美海に促されるまま初めてのツーショットを撮られ続ける。

先程の僕単独の写真よりも、何故か長時間撮影を続けてくるのだが…何を考えているんだ、美海…。


「あ、そうだ。新菜さん」

「なぁに?」

「美海が写真を吟味している間に、一言」

「うん。なにかな?」

「…誕生日、遅くなったけどおめでとう。今年もいい一年になりますように」

「…ありがとう、成海君。今度の成海君の誕生日、私がいいものになるようにするから…楽しみにしててね」

「ああ」

「おっ!その表情!その表情いいね!そのままね!」


スイッチが入った美海に撮影を続けられ、終わった頃にはパウンドケーキから熱は失われていた。

けれど、チーズケーキもパウンドケーキも、新菜さんは「美味しい」と微笑みながら食べてくれたのを、今でも覚えている。

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