8:失敗は成功のもと
「で、できた…」
「お疲れ様でした」
お皿の上に盛り付けられた野菜炒め。
ぎこちない切れ目に、所々についた茶色の焦げ。
新菜さんが作った野菜炒めは控えめに言っても成功とは言い難い。
近くで見ていたけれど、一つ一つの行動が危なっかしくて、照れている場合なんて一切無くて。
ずっと背中に張り付いていたくなるほどだった。
「…野菜炒めでここまで手間取るとは。しかも焦げてるし」
「今回はどんな出来でも、完成まで持って行けた事実が重要だから」
「でも…ここまで酷いとは。我ながら全然やってこなかったツケが回ってきてる…」
項垂れる新菜さんをどう説得したものか。
もうここは行動に移すしかない。そう思い至り、僕は食器棚から自分が普段使っている箸を取り出す。
そして、さらに盛り付けられた野菜炒めを一口掴み、口の中へ運んだ。
「ちょ、成海君。それ…特に焦げが多いところ」
「味も問題ないし、火は通っているよ」
「お世辞?」
「僕がお世辞を言えるタイプに見える?」
「社交辞令は欠かさないタイプに見える。成海君ちゃんとした人だから…」
「…」
褒められているんだろうけど、この場では逆効果だったらしい。
かくなる上は、姉さんから「お前それ一生するなよ。次したら手のひらで打つ」とまで言われた戦法で攻めるしかないか。
「…僕が素直に美味しいって言っても、新菜さんは信じてくれない?」
「へ…」
「こんなに美味しいのに、そう言っても新菜さんは嘘だと思うんだ…悲しいな」
「な、成海さ…?」
「新菜さん、口開けて」
「ちょ、成海君。なんで野菜炒めを向けて…」
「食べる前から失敗失敗言うのは違うと思う。新菜さんも食べて。さぁ。さぁ…」
野菜炒めを一口分箸で掴み、新菜さんの口へ運ぶ。
彼女はまだ食べていない。
ちゃんと美味しい野菜炒めだ。失敗なんて見た目が少々悪いぐらい。
食べたらきっと、新菜さんの考えも変わるだろう。
自信もきっと、ついてくれる。
「ひ、一人で食べきれるから!それに、そのままじゃ間接…」
「いいからいいから…」
「つ、ついこの間、間接キスがどうとか言ってた人の行動じゃないよ!」
「今はいいから」
「今はいいってなに…んぅ!」
僕のお箸が新菜さんの口の中へ野菜炒めを運ぶ。
それが入った瞬間、酷く驚いて、複雑そうに箸へ口を触れる。
箸を引き抜けば、咀嚼を初めてくれた。
「んぐんぐ…」
「どう?」
何故か複雑そうに何度か口を動かした彼女の表情は徐々に柔らかくなってくれる。
ちゃんと、口の中に運ばれたそれは彼女の中で、一部となってくれる。
素材としても、経験としても。
「…美味しい」
「だろ。ちゃんと美味しく作れているんだ。自信持って」
「うん!よかった!美味しく…おいしく!?」
「どうしたんだ、新菜さん」
野菜炒めの味を噛みしめつつ、彼女は口元に手を当てる。
そして、何かを思い出したように顔が青ざめ…新菜さんの視線は美海へと向けられた。
「…お兄ちゃんのクソボケ」
「…?」
美海は美海で何か呆れかえっているし…新菜さんは新菜さんで口をわなわな震わせつつ、僕へと向かい合う。
「成海君…自分で何したか気づいて…」
「…?」
「無自覚でやったんだね…あのあざとい前振り含めて全部無自覚なんだね…恐ろしいよ…」
新菜さんが神妙な顔である事実を受け入れるが、僕には何が何だか全くわからなかった。
◇◇
野菜炒めの写真を撮ってから、改めて実食。
それを終えた後、僕はデザートであるパウンドケーキの準備を始めた。
美海が「新菜さんのケーキを食べてしまったから、自分の分として用意して貰っているパウンドケーキを新菜さんに分けたい」と言ってくれたので、新菜さんの誕生日祝いのケーキは二種類となった。
パウンドケーキが焼き上がる待ち時間の間に、僕は新菜さんに頼んで今日のレシートの撮影を行い、料理写真を添えて新菜さんのお母さんに実績の報告を行った。
「これでよし。っと」
「マメだねぇ…」
「お母さんに安心して貰うためだよ。そういう新菜さんだって、ノートに今日の事を纏めているじゃないか」
「教えて貰ったことを纏めるのは当然だよ。後でチーズケーキとパウンドケーキのレシピも教えてね」
「勿論」
今日の総まとめをそれぞれで行いつつ、焼き上がるのを待つ。
香ばしい匂いが部屋中に広がる中、ふと思い至って新菜さんがソファの上でゴロゴロしている美海へ声をかけた。
「そういえば、美海ちゃんってなんでパウンドケーキが好きなの?」
「…お兄ちゃんが最初に作ってくれたお菓子がパウンドケーキだから」
「分量決まっているし、割と簡単な部類だったから挑戦しやすくて…」
「でも、最初は生焼きだった」
「成海君でも生焼き…」
「お恥ずかしながら…。でも、最初に色々失敗して、練習して、今の僕がいるからさ」
「失敗は成功の母ってことかな」
「そういうこと。だからっていうのもなんだけど、失敗は恐れなくていいし、悔やむこともない。糧にしたらいいだけの話だから」
「そうだね。よく覚えておくよ」
自分の少しだけ苦い経験も、彼女の糧になるのなら。いくらでも出してしまおう。
軽快な完了音が響き渡る。
本日の主役が、出来上がったようだ。




