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6:二つのケーキ

「と、とりあえず歓迎するよ…。入って入って」

「お邪魔します」


なぜか美海に促される形で新菜さんは玄関に上がった後、靴を並べて、俺が靴を脱ぎ終わるのを待ってくれる。


「スリッパ使う?」

「じゃあ、お言葉に甘えて」


用意していたスリッパを用意して、それを履いて貰った後…リビングへ。


「そうそう。昨日の内に約束のチーズケーキを焼いておいたんだ。どうする?先にする?」

「じゃあ、後で。食後のデザートに!お楽しみはラスト!」

「了解」

「凄く楽しみだなぁ…」

「普通のだよ。あまり期待しないで」

「実のところ期待値爆上がりなんだよね」

「そこまではハードルが」

「だって私の誕生日祝いだから。誰かからの手作りって初めてだからさ。成海君が丹精込めて作ってくれたってだけでも、凄く楽しみなんだよ」

「…そっか。作った甲斐があるよ」


「…は?」

「どうした、美海」


廊下からリビングに向かう中、用意していたものの話をしていると…美海が衝撃的なものを見たかのような視線で僕らを見てくる。

本当に今日はどうしたんだ。

最初に新菜さんが来た時は、普通にしていたのに…。


「あ、いや…昨日のチーズケーキ、新菜さんのだったんだ…あはは、あはは…」

「そうだけど…もしかして食べたのか?」

「っ…」


…こいつ、間違いなく食ったな。

目が完全に泳いでいる。姉さんもだし、僕もらしいのだが…嘘を吐いたとき、全力で目を泳がせる癖があるそうだ。

そのおかげで分かってしまう。新菜さんに用意したチーズケーキは、既に美海が囓った後だと。


まあ、新菜さんの分とは一言も言っていない。

それに用意していたら焼いてある方を食べる可能性だって考えておくべきだった。


「そ、そんなことない。私にはパウンドケーキがあるからね…」

「…兄ちゃん、正直に言えば「今は」怒らないぞ」

「すみません一切れ食べました」

「潔くてよろしい」


怒らないと言えばちゃんと自白してくれる。

これはこれでどうかと思うのだが、隠し事をするよりはマシだと思う。

それに、今回は僕にも非がある。


「まあ、誰の分か伝えていなかった僕にも問題があるから…今回はこれ以上なし」

「ん。ごめんね。お兄ちゃん、新菜さん…」

「いいよいいよ。美海ちゃんがつい食べちゃうってことは、それほど美味しいんだよね」

「…うん。とっても美味しいんだよ」

「それを聞いてますます楽しみになったよ。食べちゃったこと、気にしなくていいからね。美味しいケーキを作れちゃう成海君が悪いんだ〜」

「ひゃっ!?」


新菜さんは美海をひょいっと抱き上げて、そのままリビングに向かってしまう。

無用な気遣いかもしれないが、今から二人で話すことがあるかもしれない。

二人で先行したのは、そういうことだと思いたい。

僕がいると邪魔だろう。

新菜さんは新菜さんで、悪いようにはしない。そう確信している。

…僕は廊下で少し、時間を待つことにした。


◇◇


私を抱きかかえたまま、リビングに到着した新菜さんはそこでやっと降ろしてくれる。


「新菜さん、あの…」

「大丈夫、怒ってないよ」

「でも、誕生日って…」

「もう何日も過ぎているから…ね?」


私が気にしていることを、全部優しくすくい上げて…砕いて消してくる。

その優しさに触れる度、罪悪感が増していく。


昨日、お兄ちゃんは唸りながらチーズケーキの材料を揃えていた。

あのお兄ちゃんが友達と約束して、今日を楽しみにしながら作って…食べて貰う瞬間を待っていたのだろう。


お姉ちゃんとお父さんから、昔、お兄ちゃんの身に何があったかはちゃんと聞かされている。

友達が少ない理由もちゃんと知っている。

だからこそ、高校生になって現れた遠野新菜という友達は特別だと思い知らされる。


「優しいね、新菜さん」

「そんなことないよ。普通だよ」

「でも、誕生日ケーキを食べた人間をここまで許せるのは…」

「美海ちゃんは、許されたくない?」

「それは…」


「多分、美海ちゃんにとって成海君がお菓子を作ってくれるのは良くあることなんだよね」

「…うん」

「で、完成したものがよく冷蔵庫の中にあったり、机の上に置かれていて…成海君は何も言わないけれど「食べていい」ってことになっているのが、暗黙の了解だったりするんじゃないかなって、思うんだ」

「…どうしてわかるの?」

「うちでもよくあるんだ。冷蔵庫の中にお菓子が入っていたら、名前が書かれていない限り、それぞれで食べていいよ〜ってお菓子」


だからね、と…、新菜さんは私と同じ目線になるようしゃがみ込み、向き合ってくれる。


「でも、一人で複数個食べちゃって、お母さんと喧嘩するときもあってね…」

「えぇ…」

「その時から、私は買ってきた人に聞くようにしているんだ。「食べていい?」「一人何個まで?」って」

「…」

「美海ちゃんにとって、暗黙の了解が当たり前かもしれないんだけど…成海君は誰が食べたか知りたいだろうし、一言声をかけて貰えたら嬉しいんじゃないかな」


凄く遠回しな言い方で、諭す言葉はしっかり溶ける。

普通なら、こんなことが起こらないように、食べていいか許可を取ってから〜とか、きつい物言いになるのに。

そういう言い方をされたら、聞きたくなる。


「うん。今度からは、ちゃんと聞くようにする」

「うんうん。その方がいいよ!」


私よりも子供っぽい顔で微笑んで、安心させるように背中をさすってくれる。

他人だけど、お姉ちゃんやお兄ちゃんみたいに暖かくて。もう一人お姉ちゃんが増えたような気さえする。

…お兄ちゃんが特別に思うのも、分かる気がする。


「…そろそろ入っても?」

「大丈夫だよ、成海君」

「…何話してたの?」

「女の子だけの秘密の会話だよ。ね、美海ちゃん?」

「そんなところ」

「…内緒ってことか。わかったよ」


新菜さんの話を受け入れたお兄ちゃんは穏やかに笑う。

距離感の近さを改めて感じつつ、私は新菜さんの側に寄る。

一つ、確認しておきたいことがあるからだ。


「ね、新菜さん」

「なあに?」

「お兄ちゃんとはいつから付き合ってたの…?」


流石にこの距離感で付き合っていないわけが無いと思い、耳打ちで聞いておく。

しかし、新菜さんからの答えは想定外のもの。


「…まだです」

「…嘘でしょ」


愕然とする…と、いうのはこういうことを言うのかもしれない。

てっきりもう付き合っているものかと…。いや、時間の問題か。

双方に脈を感じるが、どちらが先に動くのだろうか。

少し、けしかけてみるべきだろうか。

私は新菜さんに寄り添いつつ…思考を巡らせた。

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