3:公認の連絡
坂道を下った先。
少しだけ広くなった道の正面に現れるのが朝陽ヶ丘商店街。
今回の目的地だ。
「ついた。ここだよ」
「おぉ…昔ながらって感じだね」
「この先に直売所があるんだよ。スーパーで買うより野菜が凄く安くてな」
「お財布の心配してくれてる?」
「そりゃあ…新菜さんのお母さんに相談した上で、こうして予算を頂いているとはいえ、やっぱり親御さんのお金だし、なるべく安く済ませるのがいいのかなと」
この時間を作る前に、僕は新菜さんに頼んで新菜さんのお母さんと直接連絡をさせていただく機会を作って貰った。
新菜さんの親には定期的にお金を出して貰う立場にある。
それに何よりも自分の素性は明らかにしておいた方が安心だろうという考えからだ。
新菜さんは「同級生に料理を教えて貰う」という話をお母さんにしていたそうだが、まさかその友達が男とは思っていなかったようで、凄く驚いていたのが懐かしい。
『ほんと、あの子ったら説明不足なんだから…まさか料理を教えて貰う同級生が男の子だったなんて…』
『すみません…。名前でもわかりにくくって』
『気にしないでくださいね、成海君。新菜が説明不足なだけですから』
『お母様からしたら、不安な事も多いでしょうが…二人きりになる可能性とかないのでご安心ください。うちは姉と妹がいますし…大体土曜日は確実に片方いますので…』
『まあまあ、ご丁寧にどうも…本当に新菜と同級生?』
『同級生です…。それで、お母様的には…土曜日の心象は如何でしょうか』
『流石に心配とはいえ心配ですね。でも、将来自炊ができないまま社会に送り出すのも不安で…。教えて貰えるなら願ったり叶ったりな部分はあるんですよ…』
『なるほど』
『それに、あの時持ち帰ってきた調理実習のご飯、私も少し頂いて。こんなに美味しく作れる子なら、安心だと思うんです。学び甲斐もあるでしょう』
『あ、ありがとうございます…』
『それにお恥ずかしい話なんですが、私達親がなかなか家にいないから、料理を一緒に作るとかそういうことも出来なくて。新菜が望むなら、成海君に教えて貰うのが一番かなと思うんです。あの子にもやる気がありますからね』
『では…』
『毎週土曜日、ご迷惑をおかけしますがよろしくお願いします』
『こちらこそ、ご期待に添えられるよう尽力させていただきます』
『材料費は新菜に預けます。それから、後で私の連絡先を新菜に送らせます。メールでもメッセージでもいいので、毎週の成果を連絡することを条件にしていいでしょうか?』
『そうですね。明確に何か作った証拠があった方が、お母様も安心するでしょうし、毎週連絡をさせていただきます。連絡先を頂いた後、我が家の住所と連絡先も送りますね』
『ありがとうございます。新菜をよろしくお願いします』
『こちらこそ。それから、購入品のレシートも一緒に添付しますね』
『…本当に良く出来た子』
『お金を出していただくのですから、当然か——』
『お兄ちゃん、お風呂にGでた。はよぶっころ。よろ』
『ささささささ殺虫剤は持ってきたから早く!成海ぃ!?』
『ちょっ!?今電話中!もう少しまっ』
『待てない…怖い』
『待てないから!早くぅ!』
『…新菜、立派な子を捕まえたわね。離さないように言っておかなきゃ』
『あ、すみません。スマホから耳を離していて…何か仰いました?』
『いえ、なんでも。ご家族の方が大変そうだから、これぐらいにしておきますね。それでは、また土曜日に』
そうして終えた連絡で、無事にお母さん公認の出来事になった土曜日。
ちゃんと認めて貰ったことに安堵すると共に、認めて貰った分、常に誠実に…そして期待に応えられるようにしようと意気込んでいる自分もいる。
「本当に真面目なんだから…私、あの後凄く絞られたんだよ。「成海ちゃんじゃなくて成海君じゃない!」って」
「それは…なんというか、ちゃんと言ってない新菜さんが悪いと思う」
「だってさ〜。毎週男の子の家に料理を教わりに行きますって言うの、親に言うの恥ずかしいじゃん。成海君は言える?女の子の家に、料理を教えて貰う〜とかさ」
「それは言える」
「えぇ!?」
「別にやましいことしてるわけじゃないし…。それに、行先や誰と何をするかを伝えて出かけるのは…はっ」
そう言うけれど、今朝、美海には「駅に人を迎えに行く」とは言ったけれど、「誰」の部分はぼかしてしまっている。
これでは全く説得力が無い。
「…」
「どうしたの?」
「いや、今日は美海に新菜さんが来る事を、伝えておらず…」
「何て言って出てきたの?」
「今日、人が来るから。駅に迎えに行く…。誰かは、ぼかして…」
「成海君」
「…はい」
「…こういうことだよ」
「…よくわかりました」
やましいことは何もない。
だけど、伝えるのは簡単なようで難しい。
特に「誰」の部分が異性なら。
それも少なからず好意を抱いている対象なら、尚更なのだ。
「でも、普段はちゃんと言って出てきているんだよね」
「まあ、うん。ちゃんと伝えている」
「小学生の外出?」
「確かに…それっぽい」
「でも、続けているってことは何か意味があるんだよね?」
「姉さんも僕も、美海が真似するように自発的にやっているんだ。美海にはまだスマホを持たせていないし、外出時の連絡手段とかないからさ。どこに、誰とっていうのは明確にしておこうって相談して…」
「仲いいねぇ」
「普通だよ。普通」
「私、一人っ子だから。こうして仲良し姉弟の話を聞くと、羨ましいなって思うんだ」
一人っ子。新菜さんは一人っ子。
てっきり弟か妹が一人は確実にいると思っていた。
「…一人っ子だったんだ」
「そうだよ〜」
「てっきり、お姉さんかと…」
「どうしてそう思ったの?」
「人をよく見ていて、面倒見がいいから…てっきり下に何人か」
「嬉しいねぇ。でも、そういうのはしたい人にしかしないからね」
「……そうですか」
「そうなんですよ…?」
今日もまた、新菜さんは楽しそうに笑う。
梅雨の直前。少しだけ暑い陽光が降り注ぐ。
今感じている熱は、本当に気温だけのものなのだろうか。




