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37:中心にあるもの

傘を畳み終えた後、彼は近くにあった袋に折りたたみ傘を入れる。


「時間は?」

「一番早いのだと、三十分後ぐらい」

「時間もあるし…傘、買いに行く?」

「ううん。大丈夫。また売切かもしれないし、残っているのも高い傘ばっかりかもだから…」

「そうだよな。急だったからなぁ…皆同じ考えになるよな」


無言で頷いておく。

大型の施設だ。色々な店が入る中、どの店も傘がないとは言い切れない。

一応、時間つぶしの際に遊ぶ用に財布の中には普通の傘を買える程度のお金は入っている。

ポーチの中の予備を足せば、どんな傘だって買えるだろう。

けれど…その場凌ぎの為にちょっと高めの傘を買うなんて、心に抵抗が残る。

流石にそれを口にはしない…。ケチだと思われる。事実ケチだけど。


だから、売切の言い訳でやり過ごす。

やり過ごせたらいいなと思う。


「最寄りにつけば雨、止んでいるかもしれないし…それに私の家は駅から近いし、後は走って帰るよ」

「…気をつけてね」

「ありがとう。あーあ。私も、折りたたみ持っていればよかったな」

「持ってないの?」

「今はね。前に使っていたの、暴風で壊れちゃって…そのまま」


これは本当。風が強い雨の日に使おうとして、風に吹かれてボロボロになってから、一度も持たないままここまで来てしまっている。


「じゃあ、それを見に行くというのは…」

「そうだね。折りたたみだったら、あるかもだし…」

「よかった。じゃあ、早速見に行こう」


折りたたみまで売り切れなんて言えば、不信感を抱かせてしまう。

言い訳はもう通用しない。

大人しく、店に見に行くことになる。


以前は私が手を引いた。

今度は彼が手を引くように、手を差し出した。

私は迷わず手を差し伸べて、はぐれないように人混みの中に入っていく。


「どうして、ここまで…」

「やっぱりさ、傘がない状態で帰すのも気が引けるんだ。なければ僕の傘を押しつけようって考えるほどには、心配で」

「それは流石に悪いよ。楠原君徒歩なんだから、傘がないと」

「僕はカッパでも買っていけばいいからさ」

「…カッパ」


ふと、カッパを着込んだ楠原君を想像してしまう。

楠原君がフード付きのそれをしっかり着込み、雨の中を走る光景。

想像しただけでも笑いそうになる。

…だって、凄く可愛いんだもの。

でも、笑ったら失礼だ。我慢しなければ。


「ビニール傘があれば理想だったんだけど…ほら、やっぱり、その場凌ぎの為に、しっかりした傘を買うって言うのは、抵抗あるだろう?」

「そうだね…」

「でも、折りたたみがないって言うのなら…話は別かな、と」

「色々、考えてくれているね」

「…押しつけだとは、思われない?」

「ううん。とても嬉しいよ。ありがとうね、楠原君」


一瞬だけ、手に力が入る。

すぐに緩められたその手が解けないよう、私もしっかり握る力を込めた。

今、私達は周囲にどう見られているのだろうか。

多分、友達には見られていないだろうな。

楠原君には悪いけど、そう見られたくないなぁ…。


…ああ、そうか。そういうことか。


やっと心の中で整理がつく。

嘘を吐いてまで関わりを作った事も、いい部分だけを見られたいのも、誰かへ先に行かれるのを阻止してしまうのも…。

特別なのも...答えはもう、真ん中にあった。


「…遠野さん?」

「大丈夫。ね、楠原君。あの店で見ようよ。傘専門店っぽいよ」

「本当だ。じゃあ、あの店に行こう」

「ん」


見つけた店へ向かう中、半歩大きく歩いて隣に並ぶ。

これなら、もっと友達に見られない。

楠原君の事が嫌いと言うわけではない。むしろ逆。

一緒にいて落ち着く人。

だけど、彼の前では見栄を張る。いい人でいたくなる。

申し訳ないけれど、優しい人だと言うことを周囲に知られたくはない。


独占欲、なのだろうか。

欲にまみれた見栄っ張り。いい人の仮面を被って、それを隠す。

そうしていい部分だけを見せて、よく見られたい。

好きな人の前では、みっともないところを見せられない。


「折りたたみなら色々とあるっぽいね。柄付きとかがよかったりする?」

「無地がいいなぁ。シンプルなの」

「そっか。じゃ、こっちかな…」


自分は全くシンプルに出来ないのに、傘だけはシンプル。変な感じ。


店の中は、彼が先導してくれる。

身長は意外と高い。私が小さいだけかもしれないけれど。

手は少しだけ荒れている。料理や家事をしているからかな。

大きな手はお母さんみたいに暖かくて、それでいて力強くって。

でも掴まれていたって痛くはない。むしろ、安心する。


意識したら、やっぱり楠原君も男の子なんだなと思わされる。

特別だから、より一層…格好良く見える。


「遠野さん、好きな色はある?」

「ん〜。特にないんだ」

「そうなの?でも、パステルグリーンが好きなイメージが…」

「どうして?」

「だって、使っているシャーペンとかその色で…あ」

「…よく見てる」

「しゃ、シャーペンとか…近くにいた時に見たから、覚えているだけで…他意はなくて…」


狼狽える彼を見て、つい笑みが零れてしまう。

パステルグリーンは彼の言うとおり好きな色。

何かを買おうと思い至った時に、カラーバリエーションがあれば自然とその色を選んでいた。

本当によく見ている。そこまで見られていることに照れより、嬉しさが勝る。


けれど、この傘の売り場にパステルグリーンはない。

そして彼は気づいていない。私の好きな色はパステルグリーンではなく、緑全般だということに。

売り場には深い緑や、黄緑色の傘が置かれている。

その色でも構わない。

でも、これはある意味チャンスだ。

彼が事実に気づいていないことを口実に利用してしまう。


「…そうだね。でも、ここにお気に入りの色はないから…楠原君が選んで欲しいな」

「僕が…!?」

「ん。楠原君の好きな色でもいいよ。何色が好き?青?」

「確かに青は好きだよ…遠野さんもよく見ている気がする」

「お隣さんだからね。よく見えるよ」

「そ、そっか…」


嘘。窓際の君を見るのだ。わざわざそちらに向かなければ無理だ。

黒板を見るついででは、見られないのだから。


「でも、僕が選んでいいの?」

「選んで欲しいな。好きな色がないから、どれにしようか迷っちゃって。選びきれそうにないから…」

「じゃあ、その色があるところで」

「無地でパステルグリーンの傘なんて、そうそうないと思うんだよね…」

「言われてみれば、珍しい気もする…」

「だからさ、お願い」

「わ、分かった」


無理なくお願いできただろうか。

別に何色の傘でもいい。赤でも、黒でも…。

今の私には、好きな色の傘を使うことより…楠原君に選んで貰った傘を使うことが重要だから。


「…じゃあ、水色」

「どうしてその色にしたの?」

「なんとなく、だよ」


何となく。水色の傘を受け取り、彼の顔に並ぶよう、持ち上げる。

水色と言っても、純粋な水色ではない。

水色を更に薄くした色。

楠原君の瞳と同じ色。

何となくでこの色を選ぶのは、少々ズルい。


「楠原君と同じ瞳の色なのに…?」

「偶然だよ。ほら、それでいいなら…それでさ」

「そうだね。私も凄く気に入ったよ。これにする。これがいい。今すぐ買いに行こう」

「…」


少し照れくさそうにしながら、楠原君は一緒にレジまで向かってくれる。

レジ待ちの間、ふと気になる表示を見つけた。

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