33:雨と独白
時間は過ぎて放課後に。
空は薄黒く、空気に湿りが混ざってきた。
「雨降りそうだね〜」
「だな〜」
「ね〜」
「僕はあるけど、皆は傘、持ってきてるか?」
「晴れると思って、持ってきてないや…」
「やばい。あの坂を傘無しで…バス一本早くする!皆あばよ!」
慌てて教室を出て行く吹上さんを見送り、僕らもそれぞれ別行動を開始する。
足立さんはこれから部活だそうだ。美術部らしい。
陸はこの後塾らしい。意識が高い。
「渉、これから」
「俺もバスがあるから、ここで帰らせてもらうぜ…」
「森園君、そんな声だった?」
「前々から、こんな声だZE…?」
渉は裏声を使いつつ、姉さんと同じような笑みを浮かべてそそくさと帰ってしまった。最近の流行なのだろうか、あの顔…。
「な、なんだったんだろうね…」
「さぁ…」
「楠原君は、何か予定あるの?」
「いや、今日は何も…」
「昨日が昨日だったし、早く帰った方がいいとか、言われてる?」
「そんなことは…自分の事ぐらい自分で…って年頃だ」
「そっか…じゃあ、今日も少し遊ばない?」
「いいけど…その、遠野さん」
「大丈夫だよ。帰りの時間とか問題ないって」
「どうして、僕を誘ってくれるのかなぁ…と」
「へっ?」
素朴な疑問をぶつけてみた。
浮かび上がる度に悩んだ。答えを先延ばしにしてみた。
けれど…それでは何も解決しない。
たとえそれで何かが壊れようとも、聞く必要があるのだ。
なぜ、彼女がここまで僕を気遣ってくれるのか。その答えを。
疑問をぶつけられた遠野さんは目を丸くして、口をパクパクさせる。
鳩が豆鉄砲を食ったような顔、とも言うかもしれない。
まさかこんなことを聞かれるとは思っていなかったのか、遠野さんは固まったまま動かなくなる。
「…遠野さん?」
「あうっ…それは、そのぉ…」
「やっぱり、一人が多かったし、気遣われて…」
「そんなわけない!」
「っ…!」
そこだけは、そこだけは否定しなければと言うように、遠野さんは声を張り上げる。
周囲のクラスメイトの視線が、遠野さんに刺さる。
彼女も、この場に二人ではないことに気づいたのだろう。
僕の手を引いて、教室を慌てて出ていく。
握りしめる力は、少しだけ痛かった。
◇◇
「はぁ…はぁ…」
「遠野さん?」
玄関にやってきた頃、遠野さんも落ち着きを取り戻したかのように見えたのだが…。
「だ、だいひょぶ!へいきへいき!」
「全然平気そうに見えないんだが…」
全然そんな感じではなかった。
むしろ息が上がったことで、さらに動揺しているように見受けられた。
「ごめんね…」
「いや、謝ることは…」
「とりあえず、帰りながら…話そうか」
靴を履き替え、外に出る。
通学路には疎らに人がいる程度。
いつもはここで他愛ない話をする。
けれど、今日は無言のまま。
遠野さんは駅がある道ではなく、僕の家がある方へ歩き、海辺に沿って歩いて行く。
そして、ある場所が見えたところで立ち止まった。
「あそこで話そ。ちゃんと、疑問の答え…話すから」
「…わかった」
メッセージアプリの使い方を教えて貰った、屋根付きのベンチ。
雨が降りそうって事もあるだろう。人気は少ない。
どんよりした空気を掻き分けて、その場所へ。
互いにベンチに腰掛ける。
無言は続く。
どう話題を切り出したものか。かつても同じような悩みを抱いたが、あの時よりも空気は遙かに重苦しい。
それに耐えきれなくなったのか、遠野さんが口を開いてくれる。
「…ね、楠原君」
「何?」
「どうして、楠原君を遊びに誘ったりしているのかなって話、だよね」
「うん。それもあるけど…その、やっぱり、なんで…ここまで、気を遣ってくれるのかなって、思って」
「単純に友達だからって言えば、解決する話でもないよね」
「そもそも、なんで僕と友達になろうと思ったのかも。考えれば考えるほど、疑問が出てきて、わからなくなって…」
「…それは、なんていうか。私にも、わからない」
「遠野さんにも?」
「……うん」
申し訳なさそうに、彼女は小さな声で返事をしてくれる。
分からない。
流石にその答えは、予想外だった。
「…少しだけ、私の話をしていい?」
「…もちろん」
遠野さんは胸に手を当てて、何度か深呼吸を行う。
何度も、何度も、心を落ち着かせるように。
意を決して、彼女が言葉を紡ぐと同時に、雨が降り始めた。
心の中でせき止めていたものが、外れるかのように。
「…気になっていたの、ずっと」




