32:一つの疑問
一度浮き出た疑問が、頭の中を巡る。
どうして遠野さんはここまでしてくれるのだろうか。
まだ、陸なら分かる。
付き合いが長い分、事情どころか過去も嫌というほど知っているだろう。
『すっごくびっくりしたけどね、成海君が大変だってこと、わかってるから』
『俺がちゃんと支えるよ。成海君が大丈夫だって言えるまで』
それに陸は、僕が最初に錯乱したあの日に交わした約束を、ずっと果たしてくれている。
彼はいつだって支えになってくれた。
高校だって、まだ上を狙えていたのに…僕と一緒にしてくれて。
迷惑をかけっぱなしなのは自覚しているが、彼にはずっと感謝をしている。
けれど、遠野さんは…言ってしまえば、一ヶ月前に出来た友達だ。
事情を知らせたのだって、今までどうして来たかなんて知らない。
けれど彼女はずっと昔から一緒だった陸の様に、僕を支えてくれる、不思議な人。
「…ん〜」
授業中、ふと彼女の姿を窓越しに覗き込む。
しっかりした人だと思う。優しい人だと思う。
けれど、僕にここまでする理由だけが分からない。
他の人には、同じ事をしていない。
適度な距離感、適度な対応。どこまでも、普通の友達関係。
僕にだけ、妙に近い。
…それほどまでに、放置すると危なそうとか思われているのだろうか。
いや、そうかもしれないな。
今回の件で確信したとかあるかもしれない。
そう思うと、なんというか…嫌だな。
「はぁ…」
「楠原、まだ体調悪いのか?保健室行っとくか?」
「あ…いえ。大丈夫です…このまま受けます…」
「そうか。無理するなよ」
「はい…」
上の空に見えたのだろうか。先生から声をかけられる。
顔色とかも、僕からしたら普通だと思うし、姉さんも何も言わなかったが…。
疲れているように、見えたのかもしれないな。
雑念を振り払い、授業に集中する。
考えるのは後でいい。
答えを出すのは…もっと先でありたい。
◇◇
昼の時間。
最近は五人で食べることが固定化されていたが、今日からは新メンバーが加入した。
「お前らさっきの授業分かった?」
「いや、さっぱり」
新たに合流した渉が話の話題を提供してくれる。
今まで話題を提供してくれていたのは陸か足立さんだったが、二人とも慣れていなかったらしく、途切れてしまうことや、僕と陸、遠野さん足立さん吹上さんの三人で話題が分かれることもしょっちゅうだった。
けれど渉が提供してくれた話題は、全員が分かる話題。
それでいて、広がりやすい話。
「二人ともまだ初歩中の初歩だよ。そこで挫折してどうすんの。来年っていうか、半年後には検定試験もあるんだよ」
「受かる気しねぇわ」
「森園に同意」
「若葉と渉氏に同意…」
「三人とも、現状でその調子なのは、流石に不味いと思うな…」
「今はまだ仕訳とか勘定科目を覚える範囲じゃないか…」
僕らが通うのは商業高校。
普通の授業に加えて、商業科目が授業として入り込んでくる。
そうなると、普通の学校とは異なる悩みも出てくる。
「「「なんで商業選んだんだろ」」」
「俺が聞きたいよ…」
「偏差値的に狙える公立が、こことその下ぐらいだったからか…」
「俺も俺も!」
「私も一緒〜」
「「「うぇーい!」」」
「三人揃って悲しい同調しないでよ…」
陸がため息を吐く姿に、三人は目を細め…陸を渦中に巻き込みにかかった。
「そういう陸はなんでここにいんだよ」
「最寄りだからだよ。徒歩圏内」
「新菜は?」
「私は公立商業がここしかなかったから…自然と」
「成海氏は?」
「僕も最寄りだから」
「なるほど。最寄りが三人。遠方が三人…」
「新菜と森園はわかるけど、あんたは中間ぐらいでしょ…あの山の向こうなんだから…」
「てへっ」
話題提供役が円滑に話題を回してくれるおかげで、いつも以上に話が弾んでいる気がする。
胸の中にある不安定な気持ちも、忘れられるぐらいには会話に集中できていた。
「しっかし、二人とも最寄りなのは羨ましいな…困った時は泊めて」
「勿論」
「いいよ」
「二人とも即決かよ。助かる」
「ところで、渉はどこに住んでいるんだ?」
「俺は天島大橋の先。台風の時とか、雪の日とか、大橋は通行止めになる。船は運行中止だ」
「結構遠い上に、不便だね…」
「大変だな…」
「そうそう。市街地に比べたら交通の便が最悪な元離島だよ。誇れるところが海水浴場しかない」
「いいじゃん、海水浴場」
「そういえば、大橋の先にある海水浴場って、すっごく綺麗なんだよね?」
「ね、若葉、新菜。夏場になったら遊びに行こうよ」
「いいねぇ」
「賛成賛成!」
女子三人が夏の予定にはしゃぐ横で、僕らは顔を合わせる。
流石に三人と一緒にという訳はないだろう。
僕らは僕らで計画を立てるべきだ。
「…遊びに行くなら我が家という名の拠点を提供できるけど、二人はどうするよ」
「嬉しい誘いだけど、俺は泳げないしな…」
「僕は家の手伝いが…」
「あ〜。なるほどな…って、手伝い?」
「うち、硝子工房やってるから」
「なるほどな…夏場忙しいの?」
「ああ。夏休み工作ワークショップとか体験プログラムとかの予約が増えるからさ」
「何か作ってみよう〜みたいな?」
「そうそう」
僕は比較的簡単なものを任されるが、それでも回数は多い。
近隣の小学校に広告を配布している影響もあるだろう。
夏休みの工作にワークショップで作った作品を〜とか、自由研究に「硝子の作品ができるまで」を纏めたいと、工房の見学を申し込んでくる子も一定数いる。
苦労も多いが、自分の作品が完成して喜び、知らなかったことを知って目を輝かせる子を見る時間は、悪いものではない。
けれど、やっぱり忙しいものは忙しいのだ。
人員は限られている。できる限り、多くの人に楽しんで貰うために、僕の夏休みはゴリゴリ削られていく。
まあ、やることないからいいけどさ…。
「…楠原君、夏休みお手伝いがあるの?」
「うん。今年も、多分っていうか。あればやる予定。うち、人手が足りないからさ」
「…遊び、誘いにくい感じなのかな」
「それは…その、日付、決まっていれば予定は空ける、けれども」
「じゃあ、夏休みも遊べるね」
「……」
一ヶ月ちょっと過ぎれば、夏休みがやってくる。
今年の夏休みは少しだけ違うだろう。
嬉しそうにはにかむ遠野さんを見ていると、そう確信することができた。
しかし本当に…なぜなんだ。
なぜ、彼女は声をかけたりしてくれるのだろうか。
やっぱり、気遣われている?
考えないようにした話題が、再び心の中心へ。
空にも、心にも…雲がかかる。
空気も重くなってきた。
雨が、降るかもしれない。




