31:信頼できる人達に
学校に到着し、教室へ。
足取りは重い。昨日、あんなことがあったばかりなのだ。
悪目立ちをしているだろうし、周囲の反応を知るのが、正直怖い。
「…」
「どうしたの、楠原君」
「…昨日のことがあるし、どう反応されるのかと思ったら」
皆が皆、遠野さんみたいな反応をするとは限らない。
…この学校には、クラス替えの概念が存在しない。
一度一緒になったクラスメイトは、三年間一緒なのだ。
こんなところで、変に目立って浮くのは避けたかったのだが…仕方がないか。
小さく吐いたため息には、諦めが滲む。
そんな僕の背を、遠野さんはポンっと押し出すように叩いてくれた。
「大丈夫。周囲がどうであれ、楠原君には私達がついているからね」
「遠野さん…」
「さ、いつも通りに」
「ん…」
「不安な時は、前を向いていたらいいから」
不安を拭うように声をかけた彼女は、先に教室に入っていく。
その後ろ姿を追うように、僕も教室へ。
「…楠原だ」
「学校来れたんだ…」
やはりというべきか。周囲の視線が刺さってくる。
今すぐ逃げ出したい気持ちを抱くが、前を向けば、茶色のふわふわ。
彼女の長い髪が「こっちだよ」と手招くように、歩く度に小さく揺れていた。
その隙間から遠野さんが顔を覗かせ、小さく笑う。
前を向いていれば、遠野さんしか見えない。
そんな彼女もまた、不安を察知して安心させるように微笑んでくれる。
至れり尽くせり。本当に、いい友達に巡り会えたものだ。
僕にはもったいなさ過ぎる。
少しだけ長く感じたものの、席に無事到着することができた。
「や、成海。遠野さんもおはよ」
「来たか」
「おはよう、鷹峰君、森園君」
僕の後ろの席———陸の席には、渉が待っていた。
調理実習の時に、興味を持って様子を見に来た彼とはあの時沢山話せたが…遠野さんの次に迷惑をかけた存在だと思っていた。
こうして、何事もなかったかのようにされると…。
「なんだよその顔は。俺がいて悪いかよ」
「いや、全然悪くないというか…」
「むしろ驚いているんだよ。遠野さんも同じだけど、あの状態の成海になった後、今後も関わろうとするのが俺ぐらいしかいなかったからさ〜」
「うわ。今までの奴ら人の心なさすぎだろ。どうなってんだよ…」
陸の口ぶりや、渉の反応。
それを見る限り、渉も事情は知っているようだけど…。
「聞いたのか、その…」
「ああ。全部聞いている。大変だったな」
「…あ」
同じように肩を叩くが、止めるためのものではない。
排除しようとしたものでもない。
ただ、励ますように優しく叩かれるのだ。
「けどなぁ、言いにくいとしても…多少は仄めかすとかしておいて欲しかったなって思うのよ。流石に驚いたぞ」
「ごめん…」
「けど、今度からはちゃんとわかっている。今後は頼っていいからな。俺でも、遠野でも、足立や吹上でもいいから」
「え」
———「タイミングは作ったぞ」と、渉が目配せした先に、足立さんと吹上さんが立っている。
「体調よさげでよかったじゃん」
「足立さん…」
「成海氏〜!」
「吹上さん…あ」
「だ、ダメだよ美咲。登校できたとはいえ、まだ本調子じゃないからね…?」
「ぶぅ…抱きしめたかったのに」
「やめとけ、美咲…本当に、やめとけ…」
「若葉まで…ぶぅ」
抱きついてこようとしていた吹上さんは遠野さんと足立さんに止められていた。
…吹上さんの距離感は相変わらずおかしい。
「ごめんね、成海氏。頼れる味方になった美咲さんのよしよしは新菜と若葉に止められたから無しね…」
「あ、ああ…」
けれど、悪いものではない。
「ま、何かある前に頼りなよ。迷惑とか思わないから。倒れる方が大変だろうしさ」
「ありがとう、足立さん。吹上さんも」
「気にしなくていい。私達と成海氏、友達じゃん」
「…そっか」
改めてそう言われると、むず痒い。
けれどそれは双方共に受け入れている事実であるのだろう。
それが酷く嬉しい。
「…よかったね、成海」
「ああ」
高校生になってから、色々と変化があった。
一番の変化は、これかもしれない。
信頼できる人達が増えた。今までからしたら、考えるどころか想像すらしてこなかったこと。
「大丈夫、だったでしょう?」
その変化を呼び込んだのは、いつだって最初がきっかけ。
覗き込むように笑う遠野さんを見る度に、彼女に感謝をするだろう。
ここに至るまでの変化。その全てを彼女が運んできてくれたのだから。
けれど、一つ疑問もある。
友達だから。例えそうだとしても。
どうして遠野さんは、ここまでしてくれるのだろうか。




