30:真白の初夏
翌日。
いつも通り、姉さんと登校をしていると…ふと、思ったことがある。
「そういえば、姉さん」
「なに?」
「今日から、衣替え?」
「あ〜。そういえばそうよ。今日から中間と夏服が解禁されたはず」
「まあ、世間的には暖かい気候だもんな〜」
「普通に暑いわよ」
「そうか?」
「あんた、昔っから寒がりだもんね…この気候で暑くないとか言い出すのあんたぐらいだと思うわ」
「そうかな…」
自分でも姉さんが言うとおり、寒がりをしている自覚はある。
冬は暖かい工房から抜け出さなくなったり、こたつから出なくなることはしばしば。
無理矢理引き出されるのもしょっちゅうだ。
周囲を見る限り、現在の気候は中間服…いや、もう半袖でいいと思うぐらいなのだろう。
世間とのズレを認識しつつ、僕は姉さんから荷物を押しつけられた。
「成海、荷物持ってて」
「言う前に押しつけるなよ…」
「いいじゃん。中間解禁なら、中間にしたいし」
「うちの高校の中間服ってどんな感じ?」
「長袖ワイシャツ一枚と指定ネクタイ。冬用のスラックスかスカート。色指定ありだけど、お好みでセーターかベストの着用可」
「へぇ…」
ブレザーを脱ぎ、ワイシャツ一枚になった姉さんは、小脇にそれを抱えた後、奪い取るように荷物を回収してくる。どこまでも乱暴な姉だ。いつもの事だけど。
「ありがと。これでいいわ」
「左様で」
「…」
その後、姉さんは無言で片手を差し出してくる。
…何かたかられていたりするのだろうか。
「何その手。賠償求めてる?」
「そんなことあるかい。あんたはいいの?」
「いや、普通に冷えるからいいよ。冬服でいい」
「あっそ…。今の時期にその調子じゃ、真冬が心配なんだけど」
「大丈夫。今年も全身にカイロ装備するから」
「無駄遣い控えなさいってば…」
いつも通り、姉さんに小突かれながら歩いて行く。
視線は相変わらず。しかし周囲もその光景に慣れが生まれてきていた。
最近は、僕がいても声をかけようとしてくる人はいる。
「お、おはよう。楠原さん…今日も弟さんと」
「姉に何か御用ですか、先輩」
「あ、いや…ええっと」
「姉さん、知ってる人?」
「いや、知らん」
唐突に立ち塞がり、話書けてきた人は姉さんからばっさりと切り捨てられた。
姉さんは眉一つ動かすことはない。
これが最近の「いつも通り」なのだから。
「そういえば、そろそろ新菜ちゃん来るな…」
「え、なに?」
「いや、そろそろ和葉と会えるわ〜って思って。あんたも新菜ちゃんと会えるわ〜って思ってるでしょ」
「姉さんと同じ意味でな」
「え?親友と会えてうれしちゅっちゅとか思ってるの?」
「姉さんは常日頃からそんなこと考えているのか…」
「冗談よ。ま、妙に早口になったり隠しきれてないからね、成海」
「…うるさい」
昨日から、姉さんが非常にうるさい。
ストレートに言って言いのならば、非常にうざい。
なぜか遠野さんとの関係をニヤニヤしながら揶揄って来るのだ。厄介極まりない。
僕と遠野さんはそんな関係ではない。
僕らは、友達なのだから。
「ま、あんたがどう言おうと、もう既に時間の問題って領域にいると思うのよね」
「それはどういう…」
「早く気付け、鈍感。そういう感覚も繊細でいろ〜」
人を小馬鹿にしつつ、生徒会長さんの背を見つけて、合流を果たす。
これで僕の出番はおしまい。
…本当に何なんだ。最近の姉さんは。人を揶揄って、にやついて。何がしたいんだ。
「くすはらくん」
「ん〜」
「楠原君、おはよ」
「あ、え。あ…おはよう、遠野さん。いつからそこに」
「ついさっきだよ。どうしたの、眉間にしわ出来てるよ?」
「あ、本当だ…」
額に手を触れると、無意識に作り上げていたのか眉間に皺が寄っていた。
表情を軟化させ、皺を取ると同時に、遠野さんは背後から僕の隣へ移動してくる。
長袖のワイシャツ。クリーム色のニットベスト。
遠野さんも中間服にしているらしい。ベストの色合いは、彼女の優しい雰囲気によく似合う。
そう思ったと同時に、僕は首を捻った。
…なんでこんなことを考えたのだろうか。
人の衣服に対して、どうこう言える立場ではないだろうに。
「大丈夫?体調不良、まだ続いていたりする?」
「今朝の体調は万全だったから問題ないよ」
「冬服なのは?」
「寒がりなんだ。今も、これでちょうどいいぐらいで」
「へぇ…でも、気温は高いし、湿度もそこそこあるから。熱中症には気をつけてね」
「勿論。心配ありがとう」
「どういたしまして。でも、体調が問題ないなら、ますます眉間に皺ができていた理由がわからないよ。本当にどうしたの?」
「色々と、考え事」
「そっか。不安なら言ってね。相談することも大事だよ」
「わかった。機会があれば、頼らせて貰うよ」
「是非ともそうして!」
初夏の朝。
相変わらず眩しい笑顔で頬笑む遠野さんと、いつも通り他愛のない会話をしながら通学路を歩く。
時折、彼女と目線を合う。
彼女を見ると、気持ちはいつもより軽くなる。
けれど、彼女と視線が交わる度、話す度に…きゅうっと胸が小さくなっている気がした。
楽しいのに、少しだけ…苦しさを覚えた。
その理由は、分からない。




