3:楠原さんちの朝
ゴールデンウィーク初日。
「おはよー、成海」
「はよ、姉さん」
今日は姉さんが朝ご飯の当番だから、少し余裕を持って起きた。
しかし、よく寝た感覚はそこにはない。
昨日判明した事実をどう処理したものか、考えていたらいつの間に朝になっていたのだか。
「今日はどうした…。具合悪い?」
「色々あって、ゴールデンウィーク中に教科書が回収できないから課題が出来ないことに気がついた…」
おそらく遠野さんが持ち帰ったのだろう。彼女、帰り際は凄く慌てていたし…自分の机の上にあったものを素早く回収して、鞄の中に入れていた。
彼女の机寄りにあった僕の教科書も、一緒に入れてしまったのだろう。
残念ながら僕は彼女の連絡先を知らない。
聞けるタイミングもないだろう。彼女とは住む世界が違う。
…話すことも、もう。
「陸は一緒の学校でしょ?貸してもらえば?」
「最終日まで家族旅行って言ってた。旅行先にも持っていくんだと」
「意識たっか。まあ、あいつ昔からそんなところあるもんね…」
姉さんは僕の前に朝食を置いた後、ゆっくりと頭を撫でる。
「…なにするんだよ」
「たまにはいいじゃん」
「……」
「あんたもあんたで、生真面目というか、繊細すぎるというか…。あんま気にしなくていいって。私が一年の時に同じ内容のものが載ってるかもだし、後で倉庫にしまった教科書出してあげるからさ」
「…ありがと」
「いいって。たまには御姉様に甘えな?」
「…ん」
「それでよし。ほら、朝ご飯食べちゃいな。今日、店番入るんでしょ?元気つけなきゃ」
頭から手が離される。
ほのかな暖かさが残る頭に心地よさを覚えつつ、「いただきます」をして、箸を手に取った。
「てか、同じクラスの子に頼れとは言わないんだな…」
「あんたが陸以外の友達作るとは思わないからね」
「……」
「人付き合い苦手なのは分かるけど、後一人ぐらいは友達作った方がいいぞ〜」
「…善処する」
朝ご飯を口に運び、咀嚼する。
いつもと変わらない、休日の朝。
何も変わらず、過ぎていく。
◇◇
楠原硝子工房。
我が家が経営している小さな工房は、作品の販売だけでなく、様々な体験プログラムが用意されている。
ゴールデンウィークになると、その応募は増え…人手不足になりがち。
今日は大丈夫だけど、僕が体験プログラムのサポートに駆り出されることもある。
僕らが任されるのは基本的に作品を販売している売店の方。
姉さんとコンビで店番をするのは、今日が初めてではない。
「じゃあ、午後のパートさんが来るまで頑張るわよ。成海」
「ああ。陳列、始めようか」
「今日、あんたの作品も並べて貰えるんでしょ?」
「…見習い価格だけど。姉さんも、今日から並べて貰えるんだっけ」
「同じく見習い価格だけどねぇ〜。誰か買ってくれるといいね」
「姉さんのアクセサリーは買い手が絶対付くよ。凄く綺麗に作られているから」
「お褒めいただきありがとう。あんたは?」
「僕?」
「買い手、つく自信は?」
「姉さんみたいに値段が安いわけでもないし、普段使いしやすいものじゃないから、いたらいいなってぐらい…」
「買い手着かなかったら、私が買う。欲しい」
「身内贔屓でも、そう言ってくれると嬉しいよ…」
「本心で言ったのに」
うちで勤めている職人さんの一人に、モザイクランプ作りを本場まで勉強しに行った人がいる。
その人に教えて貰いながら作成したのだが…綺麗に出来ているか、自信はなくて。
色合いのセンスとかも…正直不安がいっぱい。
けれど、並べられる。
父さんや職人さんの評価を受け、並べてもいいと許可を貰い…今日から店に、僕と姉さんの作品が並ぶ。
…朝十時。
様々な不安を胸に、店を開ける。
「「いらっしゃいませ」」
訪れてくれたお客様に笑みを浮かべつつ出迎えて、姉さんと二人で接客を続ける。
時折姉さんのアクセサリーを手に取ったお客様がレジにやってきてくれた。
午後にさしかかる頃には、姉さんが並べた作品は大半が売れていたが…。
僕の作品は、同じ場所に置かれたままだった。
「……」
「大丈夫だって、成海。まだ初日だからさ」
「わかっていたから、大丈夫。ほら、姉さん。もうお昼だから…」
「そうね。成海、あんたが先に休憩取りなさい」
「でも」
「今のあんた、一人にするのは不安だから…」
「…ごめん」
「いいって。ほら…」
姉さんから背中を押され、自宅の方に繋がる廊下へ向かおうとしたタイミングで…来客の知らせ。
チリンチリン、と揺れるベル。
潮風に運ばれる、日差しでキラキラと輝く栗色の髪。
「…あの、楠原君のお家って」
「…遠野さん?」
———店先の扉に、私服姿の遠野さんが立っていた。