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26:一海の大事な弟

成海が倒れたと、担任の先生から話があった。

成海に何かあれば、すぐに伝えて貰う手はずにして貰っていたから、何が起きたかはすぐに理解できた。

誰かが授業中に怪我をして、成海はまた錯乱したのだろう。


ホームルームが終わった後、保健室に出向いて…事情を聞いた後、成海の荷物を回収するために、教室へ向かった。


誰もいないだろうと思って、扉に手をかける。

しかし私の予想とは真逆で、教室にはまだ誰かが残っていた。

陸と、新菜ちゃん。それから、三人。

誰なのだろう。何を話しているのだろう。


窓から見えた陸の顔はとても険しかった。

多分、あの子達は成海と一緒に班を組んでいた子なのだろう。

目の前で錯乱した事情を、説明しなければならない。

陸には本当に苦労をかける。


小学生の頃から、陸は友達をやってくれている。

成海の発作が見つかったのも、陸が怪我をした時が最初だ。

病院に行って欲しいと何時間も詰められ、泣いて、成海を怖がったあいつに…身内の恥を子供にも分かるように話したのは、もう八年前になろうとしていた。

成海の発作を誰よりも恐れ、同時に誰よりも心配し、理解して、支えることを選んでくれた弟の親友には、頭が上がらない。


「…聞かなきゃ、だよね」


扉の前に蹲り、教室内の声に耳を傾ける。

陸がいつも通り説明を終えて…拒絶される言葉を受け止める為に。

皆が皆、陸みたいに物わかりがいいわけではない。

それに陸は付き合いが長かったから、成海のことを受け入れてくれた。


けれど、あの四人は違う。


高校から始まった、二ヶ月程度…いや、一ヶ月程度の仲じゃないか。

いつも通り、理解を得られず、拒絶される。

関わってはいけないほどおかしい親戚がいる、変な発作を持つ人間として…関係を断たれる。

その事実を、今回も受け入れなければならない。


目を閉じて、来るべき瞬間を待つ。

今回の子達は、どこか冷静…。

陸が淡々と事情を説明し終えた後、沈黙が訪れると思った。

いつも通り、いつも通りが来ると思っていた。


でも、あの子は違う。


「…ねえ、鷹峰君」

「何?」

「…楠原君自身は、これを治したいって思っているの?」

「…思っているよ。高校に入って、友達も出来て…今までとは違う生活を過ごしている。このまま、自分も変えたいって」

「なら、協力しないとだ」


新菜ちゃんが告げてくれた言葉に、ハッとさせられる。

この言葉が、出てくるなんて思っていなかった。

それが、一ヶ月の関わりしかない女の子の友達からなんて、想像していなかった。


「でも、遠野さん。それは…」

「難しい道のりかもしれないけれど、楠原君が変わりたいって思うなら…その気持ちを尊重する。付き合うよ。過去にも、今にも、絶対に」


意志がしっかり定まった、芯のある声。

遠野新菜さん。教科書を届けにわざわざ家にまで来てくれる女の子。

高校に入った成海と、初めて友達になってくれた女の子。

彼女は、逃げないでいてくれた。

向き合うことを選んでくれた。


「…っ」


他の三人も同じ。

遠野さんに釣られた訳ではない。自分の意志で、向き合うことを選んでくれた。

その流れに陸は戸惑いつつも、お礼を告げる。


私も心の中でお礼を述べておく。

ありがとう、新菜ちゃん。

ありがとう、名前を知らないけれど、いつか知る事になる三人。

私の大事な弟と、向き合うことを選んでくれて。ありがとう。


自然と零れた涙を拭いながら、私も一つ決意を決める。

友達が決意を固めてくれたのだ。だったら私も、やるべき事がある。

正直言えば怖い。

けれど、友達がこんなに頑張ってくれようとしているのだ。

姉である私も、弟の為に出来ることをするべきだ。


お母さんが死んで、伯父さんの言葉に傷ついて泣きじゃくる成海を、あの時の私は慰めることしか出来なかった。

成海の為に、立ち向かうことが出来なかった。

けれど今は違う。

ちゃんと立ち向かわなければならない。


———伯父さんに会おう。


唯一の家族だった妹を失ったことで、心を壊したあの人とも向き合わなければ。

このままじゃ何も変わらない。


ゆっくりと立ち上がり、保健室へ引き返す。

彼らはまだここで明日の計画を練るだろう。


私が邪魔をしては無粋だ。

向き合うべき相手の為に動くのは同じ。

彼らには彼らの、私には私のやり方で、進めていこう。


私の大事な弟が———彼らにとって向き合うべきだと思った友達の為に、できることを。

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