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24:「大丈夫」という呪い

それからも楠原君が的確に指示を出し続けてくれた事で、滞りなく料理が完成していく。

当たり前というようにぽんぽん増える様子に私達は感嘆の声を上げていると…。


「凄いな、この班。難題組なのに、ポンポン完成品が出てきてる」

「あ、ええっと…」

「森園。森園渉。うちの班はクッキーだったから、後は完成待ちでさ」

「「「「いいな…」」」」


「だろ〜。でも、ここだって滅茶苦茶幸運じゃん。楠原だっけ?料理上手いんだな」

「…ありがとう」

「邪魔にならない範囲で見ていていい?」

「いいけど…もう、魚焼くだけだし…」

「それでもだって。出来れば食べてみたいぐらいだって。美味そうな匂いしてるし」

「なんか照れるな…」

「いいものは徹底的に褒めるのが俺の性分なんで。慣れて」

「お、おう…?」


魚を焼く楠原君の側で、森園君が声をかける。

交友関係は広いけれど、特定の人と一緒にいる場面を見たことがない彼は、結構押しが強いらしい。

けれど、楠原君の表情は普段通り。嫌そうに思っていたり、困っていたら助け船を出そうと思ったが…その必要はないらしい。

それよりも…。


「成海、漬物のこと忘れてるね」

「忘れるのも仕方ない」

「存在感は薄いと思うし…」

「漬物を切るぐらいだったら私にも出来るよ!冷蔵庫から持ってくるね!」

「あ、遠野さん…まっ」


私が冷蔵庫に向かう前、鷹峰君が焦った声を出す。

一瞬振り返ると、鷹峰君は私ではなく楠原君を見ていた。

森園君と楽しそうに話を続けている。

気のせいだと思い、私はそのまま冷蔵庫に向かい…漬物を確保する。


「ああ、鷹峰君。今日日直よね。少しいいかしら」

「な、なんでしょう…」

「職員室にレポート用のプリントを忘れたのよね。私はここで皆を見ておく必要があるから、代わりに職員室へ取りに行ってくれないかしら」

「は、はい…わかりました」

「お願いね」


「…足立さん、吹上さん。頼むから、遠野さんに何もさせないで。俺が戻るまで、絶対に」

「なんで?」

「俺が漬物切りたいからだよ!」


ふと、家庭科室を慌てて出ていく鷹峰君の姿が見えた。

どうしたのだろうか。漬物を片手に調理台に戻ると…。


「熱意はわかったけど…誰が切ってもよさげだと思うよね」

「まあまあ、美咲。鷹峰にもこだわりがあるんだろうさ…」


若葉と美咲は不思議なことを言いつつ、しみじみとウンウンと頷いている。

何をしていたのだろうか。まあいいや。さっさと漬物を切ってしまおう。

それを開封し、まな板の上へ。

慣れない包丁を握り、慎重に漬物へ刃を落とす。

トン、トン…と、慎重に。


「あ、新菜。漬物切ってる」

「やべ、鷹峰に止めなかったのかって文句言われる。新菜〜ちょっとすて」

「いたっ」


慎重にしていたって、失敗することはある。

目測を誤り、指先に包丁の先端が触れたらしい。

指に刻まれた一線から赤があふれ出てくる。


「あちゃー。大丈夫、新菜。絆創膏あるから、これ使いな」

「大丈夫?新菜。その前におてて洗おう」

「これぐらい平気だよ、一瞬痛かっただけだし…」

「……」

「ん〜。ふかふかおしゃけ〜。あれ、どしたん成海。食器取りに行くの?手伝お…うか?」


震える手で火を消して、楠原君は血の気の失せた顔で私の手を…怪我をした方の手を掴む。

かつて手を繋いだ時、握りしめる力が痛くないか。そう問うた彼とは思えない程、腕を掴む力は遠慮がない。


「楠原く…っ。腕、いた…」

「けが、して…」

「少し切っただけ。水で洗って、絆創膏を貼っていたらすぐに…」

「早く、早く…」

「うん。洗って、保健室に…」

「びょういっ…いっ…」

「…楠原君?」


目は動揺で震え、息は非常に荒い。

切れた息の合間合間に紡がれる声は、普段より高くって…それでいて、言葉になっていない。

辛うじて何と言っているか分かるけれど…。普段のような語りではない。

穏やかで、優しくて、寄り添うような声ではない。


「はやっ…びょ、んへ…いっ…」

「楠原君、大丈夫?聞こえてる?」

「成海!遠野の声聞こえてるか?離さないと傷口洗えないぞ!聞こえているか成海!」


近くにいた森園君が異常を察知して、楠原君の肩を叩く。

意識を取り戻させるためか、割と強めに叩く音がする。

それでも、楠原君は戻ってこない。


「…なにかあったの?あら、楠原君…」

「先生、あの…」


先生がやっと来てくれる。

先生は神妙な顔をした後、掴まれたままになっていた私の手にティッシュを巻き、楠原君へ声をかける。


「お姉さんから事情は聞いているわ。呼吸を落ち着かせて。ほら、見て。もう処置は終わったわ。異常もないの」

「……あ」

「貴方が心配することは何もないわ」

「でも、ちゃんと言わなかったから、母さんは———」


呼吸を落ち着かせ、まともに話せるようになっても目の揺れは止まらない。

しばらくすると、限界が来たのか…その場でゆっくりと力が抜けて…膝から崩れ落ちる。


「…楠原君、ねえ」


声をかけようと、私も膝立ちになると同時に、彼の頭が大きく揺れた。

私の肩目がけて飛び込んで来た。

違う。これは…意識を失ったのだ。


「…成海氏、なんか、様子…」

「おかしかった、けど…」

「成海?」


楠原君が意識を失ったタイミングで、鷹峰君が戻ってくる。

彼は先生に無言でプリントを押しつけた後、私の肩から楠原君を離し、意識がないことを確認する。

「…やっぱりこうなっちゃったか」

「鷹峰君、あの…」

「事情は後で話すよ。とりあえず、足立さん、吹上さん。この場は任せていい?」

「も、もちろん…」

「わかった。でも、後で事情、教えてね…」

「わかってる。説明してなかった俺が悪かった。怖い思いをさせてごめん」

「いいって…」

「そこは気にしなくておけ。プライバシーだし、できるだけ隠したかったんでしょ?」

「…ありがとう」


「鷹峰だっけ?運ぶの手伝うよ」

「ありがとう、森園君」

「俺の事、覚えてんの?」

「クラスメイトは一応ね。片側、よろしく」

「おう」


鷹峰君と森園君に抱えられ、楠原君は保健室に運ばれる。

私は、若葉が持っていた絆創膏を貰い…簡単な処置を行った。

あの楠原君を見て、足が竦んでしまった今の私には…彼について行ける自信が、なかったからだ。


お母さんが亡くなっていたのは知っていた。

教科書を返しに行って、ご飯をご馳走になった時、仏壇を見たから。

そんな彼女の死が、楠原君に何かを残している。


楠原君の身に、一体何があったのだろうか。

知るのは怖い。けれど、知らなければ何も始まらない。

ちゃんと向き合うべきなのだ。

今後とも、彼と友達でいる為に…背けてはいけない過去と事実へ。

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