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22: 楠原成海の主戦場

五月も下旬に突入した。

僕らは何一つ変わらない日常を過ごし、普通の友達らしい時間を過ごしていた。


「わくわく、わくわく」

「新菜〜。今日何作るんだっけ」

「わかんない」


談笑響く渡り廊下。

家庭科室に向かう道中。同じ班員である女子三人組に着いていきながら、僕らは移動を続けていく。


「若葉忘れたの?お金徴収されて、先生が材料を買ってくるって話だよ」

「あ、そうだった。確か六班全部別々の物作らされるんだよね」

「変な調理実習だよねぇ…」

「ま、全班同じ物作らされるよりは何か刺激があっていいじゃん」

「確かにそうだけど…」


「私、見てる係がいい〜」

「いや。授業よ美咲。ちゃんとやれって」

「でもでも、カップケーキとかなら簡単なのならともかく」

「簡単か、あれ」

「焼き加減とかオーブンの設定とか激ムズだよね…」

「一般家庭の朝ご飯なんて出てきたら…」

「私も無理だ」


「ごめん。パン焼く係は貰うね…」

「ずるいって新菜。私はカップスープのお湯沸かす係な〜」

「ポット使えば一瞬じゃん…じゃあ私は食べる係ね」

「「一番ずるいのは美咲!」」

「目玉焼きぐらい焼け!」


「仕方ないな。半熟でいい?」

「は?完熟しか勝たんわ」

「一応当たり前の事を聞いておくけど、かけるのは塩だよね?」

「ん?そこは醤油一択…。塩とか邪道」

「新菜、美咲。話持ちかけたのは私だけど、これ以上はやめよう。戦争が起きかねない」

「「同意」」


足立さんが場を諫めた後、何事もなかったように別の話へ。

無限に会話のタネを保持しているのかと思うぐらいに、彼女達の話は尽きることがない。


「ねえ、成海」

「なんだ、陸」

「成海はどこまで対応できる?」

「お菓子も問題ないぞ。火加減の調整は得意だ」

「成海はなんでそんな女子力高いの。お菓子まで作れるとか知らないんだけど」

「え、だって美海が食べたいってねだるから…」


「一緒に作ろ〜とかじゃなくて?お菓子作りとかやりたがらないの?」

「レシピ本を見せつけられつつ「作れ」としか言われたことがないが…」

「…兄の威厳ないね」

「それは言うな」

「ごめんごめん」


「思えば、うん…。美海が我が儘を言える環境が構築できていることを主に考えていたから、一緒に作らないことを気にしたことはなかったな」

「確かにその方が健全な環境ではあるんだろうけど…お手伝いとか促した方がいいんじゃない?」

「トイレの掃除はしてくれているぞ」

「おっ、偉いじゃん」

「スタンプ式の洗剤を押すのが楽しいんだろうな」

「ブラシがけは?」

「僕と姉さんが交代で」

「美海ちゃんを甘やかすの、辞めた方がいいよ…」


陸から怪訝そうな目を向けられるが、考えを改める気は今のところない。

最近の洗剤は割と凄い。スタンプを押すだけで汚れが結構落ちたりしているし。

お手伝いはちゃんとしてくれている。だから今はこれでいい。

中学生になったら、もう少し範囲を広げて取り組んで貰うと姉さんとも相談している。

料理とかも、含んで…。


「成海」

「姉さん」

「今日調理実習って聞いてたから、様子見に来た。あんた大丈夫?」

「大丈夫だよ。料理は、得意だし」

「そういう意味じゃなくて、何かあっても抑えられる?」


渡り廊下の先でわざわざ待っていた姉さんが言いたいことは分かる。

不安げに僕を見上げ、あの日の事を振り返るように問う。


「…どうしたんだろう、一海さんと楠原君」

「どした新菜」

「あれ、楠原姉だ。成海氏何かあった?」

「様子伺ってみるよ。二人は先に行っていて」

「おー」

「準備しとく〜」


先に行っていた遠野さんが不安げに渡り廊下の先から様子を伺っていることに気がつかないまま、姉さんを安心させるように笑いかけた。


「大丈夫だよ。今は大分落ち着いているし、先生からも…」

「それはあんたが家庭科と体育、別学習にして貰う配慮を今までは」

「そこは安心して、一海ちゃん。俺がついてるからさ。何かあったらちゃんといつも通り対処するって」

「…それならって、いや。良くないんだけど。ねえ、やっぱり」


「姉さん」


遮るように一言。

それで姉さんは言葉を止めてくれる。

自分の気持ちを、伝えられる。


「僕は、高校生になって、色々変われていると思っている」

「…うん」

「ここも、変わっていることを期待したいんだ。心配な気持ちはわかってる。迷惑だってかけ続けた。でも、挑戦させて欲しい。自分は変われていると自信をつけさせてほしい」


今の気持ちを、きちんと正面で。

それで姉さんも折れてくれたらしい。ため息を吐いて、仕方ないと言わんばかりに肩をすくめる。


「…わかった。先生には事情説明してるから、安心してやりなさい、陸、頼んだ」

「うん」

「成海」

「…何?」

「怪我させること、させちゃだめ。自分を守るために、自分で動きなさい」

「分かってる。ありがとう姉さん」

「…」


送り出したとはいえ、やっぱり不安そうで。

教室に戻る道のりの中、何度も振り返る。

母さんによく似たその顔から目を背け、僕は授業へと向かった。

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