Extra26:花言葉は籠の中
順調に撮影も完了し、最後の作品に取りかかる。
最後は小さな硝子の花籠。
色々な花をモチーフに作成したので、種類は豊富だが…後はこれだけ。悠真君が確保している残りの時間で撮影をこなせるだろう。
「…流石だな悠真君。仕事が早くて助かるよ」
「これぐらい序の口さ…さあ、最後の作品に取りかかろう」
「…ひょこ」
「…ひょこ」
作品が姉さんと浩樹さんの手で運ばれる横で、新菜と悠真君の奥さんが入口からこちらを覗いていた。
「…新菜さん?」
「…羽依里さんや?」
「二人とも、入っていいわよ。機材には気をつけてね」
「あはは、待たせちゃったみたいだねぇ」
浩樹さんのさりげない一言に、僕らは頭を抱えた。
順調に仕事が進んでいると思っていたのは、僕たちだけだったらしい。
◇◇
悠真君に撮影を勧めて貰う横で、僕は新菜と羽依里さんを室内に案内する。
羽依里さんには椅子に腰掛けて貰い、改めて挨拶をさせて貰った。
なんだかんだで彼女と会話をするのは初めてだ。
顔だけは、二人が十八歳の時に見ていたのだけれど…話す機会はなかなか訪れていなかったらしい。
「ちなみに、今は何を撮影されているんですか?」
「硝子の花籠…そのミニサイズですね」
「花籠…」
気になるようで、彼女の身体が小さく動く。
目は子供の様にキラキラしていて、腕に抱かれている悠羽ちゃんにも負けず劣らずの輝きがあった。
「いくつか持って来ましょうか?」
「お、お願いしても…!?」
「承りました。悠真君、どれが撮影終わった?」
「…左の机に置いてある分。その中ならイチゴにして」
「なんで?」
「俺イチゴ好きなの」
「…?」
「悠真がそういうなら、それで…」
「羽依里さんはそれで」
「はい。イチゴがいいです。私も…それがいいんです」
「わかりました」
悠真君の好みじゃ無くて、出来れば羽依里さんの好みを教えてほしいのだが…まあいい。
左の机からイチゴの花籠を手に、羽依里さんの元へ向かう。
小さいから細部までは表現し切れていない部分もある。
だけれど、手のひらに載せられるサイズとしては限界まで再現を行えた。
葉っぱも、白い花も…瑞々しい果実だって、硝子で表現できる限界まで極めたつもりだ。
「悠羽ちゃんは私が預かっておこうか?」
「お願いしてもいい?」
「任された〜」
硝子を見る前に、悠羽ちゃんは新菜が預かってくれるらしい。
流石に、赤ちゃんの前で硝子細工は危ない。細かすぎる僕の作品なら尚更だ。
新菜の腕の中に悠羽ちゃんが収まった瞬間、僕の視線はそちらに釘付けとなってしまう。
「…どうしたの、成海」
「いや、その…なんか…」
何と言葉にしたらいいのだろうか。
もう少しだけ、二人でいいやと思っていた。
別に焦る必要なんて無いのではないかとも。
でも、いつか来るかもしれないその光景を実際に見ると…不思議と頬が綻ぶのだ。
段階的に進んできた僕らの関係。
家族と夫婦の次に進んだら、今のようにのんびりとした時間は過ごせる時が珍しくなるだろう。
二人きりで過ごしたい。
そう考える自分もいるけれど———それも良いかもしれないなと考えてしまう自分もどこかいる。
自分でもどうするべきか迷いがまだ残っている。
それでも、子供がいる時間というのもきっと———。
「いいなと…思った」
「いいって?」
「…そ、それよりも硝子細工!どうぞ、羽依里さん。イチゴの花籠でよかった」
はぐらかすように話を切り上げて、羽依里さんに硝子細工を持っていく。
…他にも種類があったが、本当にこれで良かったのだろうか。
「…綺麗。本物みたい」
「ありがとうございます。他にも種類がありますけど…持って来ましょうか?」
「いいえ。あの…これ…」
「?」
「…悠真兄ちゃん、それいくらで売るの?」
「ああ…イチゴは比較的細工が楽な部類だったから三千円ぐらいで考えていたけど」
「じゃあ、後でお金払うから。頂戴」
「悠真…流石に販売前の商品だから…悪いよ…」
「いいよ。今回予定空けて貰ったし。そのお礼ってことで」
「助かる」
「いいんですか、その…」
「大丈夫ですよ。また作りますし、欲しい人のところにあった方が本望です。気に入ってくれて、ありがとうございます」
「…こちらこそ、いい作品とご縁を頂きありがとうございます」
「お包みしますね」
「お願いします」
梱包しようと部屋を出ようとしたら、姉さんに肩を叩かれ…そのまま商品と共に出て行ってしまう。
どうやら姉さんが代わりに梱包してくれるらしい。
「でも、どうしてイチゴの花籠を?」
「…俺と羽依里の誕生花、イチゴなんだよね」
「小さい頃から家の中に沢山あったんです。花言葉も…そのいいものが多いですから、悠真のお母さんが特に気に入っていて…私もその影響を…」
ほう、誕生花に花言葉か。その着眼点はなかったな。
プレゼントに誕生花の硝子…特別な日に贈るいい意味がある硝子。
枯れない。水やり不要。ケースに入れていれば手入れは容易。
…かなりいいのでは?後で花図鑑と花言葉の本を買いに行こう。
「幸福な家庭を作ろうねって、悠真のお母さんが彼へくれた物を、私達が受け取って…次は…と思ったりもするんです」
「いいですね。二人なら大丈夫ですよ」
「ありがとうございます」
その後、姉さんが梱包を終えて部屋に戻ってくる。
その頃にちょうど撮影も完了し…機材の撤収に取りかかった。
少し慌ただしかったが、時間も来たので三人を空港へ送り出す。
今度また、落ち着いて会える日を約束して。




