Extra23:中心の、舞台裏
成海兄ちゃんの作品はド繊細。
本人の性格をそのまま反映させたかのようなえげつない細さを硝子で作り出し、作品をして形成する。
正直空気をふっと吹きかけるだけで壊れてしまうのではないかと思っていた中学生時代。
今ではそれに磨きがかかり、近づくだけでも壊してしまいそうな危うさがある。
それでも随分「芯」が通った。
「…」
俺に羽依里がいたように、この前撮影に携わらせて貰った子に、支えてくれた子がいたように…成海兄ちゃんには、あの人がいた。
遠野新菜。彼女の存在が如何にして楠原成海という職人を大成させたかは分からない。
それは俺にも言えるだろう。
白咲羽依里の存在が、如何に五十里悠真を写真家として大成させたのか———。
その質問には、俺自身も答えられない。
だけど、そろって同じ事は言えるだろう。
今の立ち位置にいられるのは、どうしてだと思う?
簡単さ。支えてくれた人がいたからだ…ってね。
「…で、あんたはなんでここにいるんです?」
「様子見を。御主人様から試作品の報告をあげるように仰せつかっていますので」
「それは実際に使っている俺がやれば良いことじゃないですかね」
「そうですね。でも、第三者目線の感想も要求されていますので」
「変わっているな、あんたの御主人様は…。なぁ、片桐さん」
「そうですね。変わっている。あの方は、本当に」
片桐浩介。気がつけば成海兄ちゃんの側にいて、仕事の斡旋を行うようになった支援者様が派遣した使用人。
その支援者は成海兄ちゃんの為なら労力を惜しまないらしく、俺にまで手を伸ばしてきた。
そんな彼女が抱えている人間は基本的に「訳あり」だ。
これを作った星月博人も、鹿野上蛍も、早瀬冬夜だって例外ではない。
もちろん、この男も例外ではないだろう。
「…君は、随分警戒心が高いね」
「そうですか?」
「ああ。君は本当に隙を見せない。成海君といる時は…大分甘えているようだけど、第三者がいる時は…調子を一切崩さず、付け入る隙を与えない。どうして?」
「知らない人から施しを受ける趣味はないだけです」
…人付き合いがそこまで得意というわけではないからだ。深い意味は無い。
だけど、なんだろう。警戒されているのなら警戒されているままの方がいいな。
それっぽいことを言っておこう。
「新菜さん相手にも、第三者のような気がするけど」
「その理由は簡単ですよ」
「?」
「羽依里に浮気とか勘違いされたくないので」
「普通に関わるだけで、そんな勘違いをされるの?」
「いや、されないんですけど…気持ち的に?」
「気持ち…」
「何が気に障るかなんて、生まれた時から一緒である彼女にも理解できません。同時に俺も彼女の全てを理解しているわけではない」
だから、できるだけ…俺の行動で、羽依里が悲しんだり、困ったりすることは避けたいなと思うだけ。
ただ、それだけなのだ。
「…そういうなら仕事のスケジュール管理、ちゃんとしたらどうだい?」
「…ここ最近忙しかったんで」
それが言い訳になることはない。
だけど、これしか言い様がない。
自分の怠慢が招いた事だが、仕事をそっちのけにしなければいけないほど、優先すべき大事な事があった。
「…普段は羽依里にお願いして管理して貰っているんですよ」
「ああ。そうか…しばらくは」
「悠羽のこと、言い訳にするつもりはないですよ。俺が招いた怠慢です」
昔は一人で全部やっていた。
学生時代は学業と仕事、両立させていたのに。
『悠真がこれまで支えてくれた分、私がいっぱい支えるからね!』
手術を終えて、何をするにも支障がなくなった彼女は積極的に甘やか…手伝いを申し出てくれた。
頼りきりにしていたら、かつての感覚をすっかり忘れていた。
メールソフトの設定も、依頼受注フォームも彼女に作って貰った。
その管理は全て羽依里に任せている。俺はパスワードすら知らない。
そんな間抜けな話なだけである。
羽依里がデロデロに甘やかしてくれたおかげで俺はもう羽依里なしでは生きられない。
「それに比べたら成海兄ちゃんは凄いですよね。色々考えて行動してるっていうか…こういうのを大人っていうのかなって思わされます」
「…あの子も大概滅茶苦茶スケジュールでお姉さんと新菜さんから色々言われているけれどね」
「?」
「いや、こちらの話だよ」
片桐さんはぼんやりと俺の隣に立ち、ぼんやりと作品を眺める。
その視線の持ち主を、俺は知っている。
自分が今立つ位置にいてくれた人の目線。
「…片桐さんって、結婚されてたりします?」
「どうして?」
「あ…いや、なんとなく…なんですけど」
「していたよ。色々あってね。君と同じぐらいの息子もいる」
「へぇ…ま、その辺りは詮索しない方がいいんですよね」
「そうだね。詳しい話はしない方がいい。しかし、なぜそう思ったんだい?」
「…冬月家に関係している人間。特に冬月彼方直属の人間は訳ありが多いですからね」
成海兄ちゃんの手前、詳細は言わなかった。
だけど永海中学校爆破事件に関与している鹿野上蛍に…大量に作ったロボットを街中で大暴走させた星月博人。
彼女の執事を務めているあの子も大概だ。出生後間もなく冬月家前当主に「わざわざ」早瀬教会に預けられ、身分をあえて隠させている。自分の主にも秘匿された冬月最大の秘匿事項。
そこまで来たら…彼も同様だろう。
あの人が「冬月と関わる時は警戒を怠らないように」…そう忠告してくるだけはある。
「おおかた、片桐さんもでしょう?」
「ご明察。参考までに聞きたいんだけど、その考えに至った情報を用意したのは誰?」
「言うわけないでしょう」
「…君に関連する人物から推測するに、情報源は九重深参…ではなく、九重一馬かな」
「…」
…そりゃあ、簡単に行き着くか。
下手に隠しても意味は無いが、肯定も否定もしないようにしておこう。
「父親とは違って自分の「相談役」としての功績を全力で売っている行動だけは気になってはいるよ。一体何を隠したいんだか…」
「…隠したいって部分で、大方の見当はついているんでしょう?」
「まあね。とにかく相談役の動向には今後も気をつけた方が良さそうだ」
「そうした方がいいですよ…。彼、自分の先輩に過労させてる事に対してかなり立腹状態。いい加減手を抜かないと冬月に圧かける気満々なんで…」
「あはは…世間は狭いね。成海君はどれだけ厄介な人間を引っかけてくるんだか」
「あんたの御主人様含めてね…」
成海兄ちゃんの周辺は奇妙なぐらいにやんごとなき方々ばかりだ。
冬月は勿論、九重は初期から引っかけて…巳芳と卯月はこの前引っかけて、神楽坂は今度引っかけて。
奥さん経由で椎名まで引っかけてるっていうのは本当だろうか。鈴海創始一族まで後ろについたら成海兄ちゃん恐れるものがなくなるぞ。
…どんどん遠くになっていくな。職人として必要な人脈をしっかり形成した彼は、今後も困ることはないだろう。
路頭に迷うことになろうとも、共に仕事をした人間が助けてくれる。そんな信頼と安心感を築き続けている。
「…成海兄ちゃんみたいな大人になれば、将来も安定だろうな」
「君といい、成海君といい理想が高すぎるよ…妥協点を探しなさい」
「先人からの忠告って奴ですか?」
「そういうことにしておいて」
「じゃあ、ありがたく頂戴します」
雑談をしつつ、カメラでの撮影を終える。
うん、成海兄ちゃんの硝子細工はやはり自然で輝く。
もっともっととこだわらず、太陽光…「あるだけ」のもので作り出す。
妥協の中に、最善と最高を見つけ出せば…きっと今より楽に生きていけるかもしれない。
「悠真君、二作品目持って来たよ」
「なかなか時間がかかったね。また大物?今度はどんな作品?任せてよ。どんな作品でも、最高の一枚を撮るからさ」
「頼んだよ。浩樹さん。もう少しなので、息整えて」
「はぁい…」
一緒に作品を運んできた男性は荒い息を吐きながら、成海兄ちゃんと息を合わせつつ…作品を慎重に運び入れようとするが…それを見かねた片桐さんが颯爽と交代する。
「休んでいてください。浩樹…さん」
「ああ、片桐さん。ありがとうございます…」
「これぐらい、当然です…」
…なんだか空気がおかしいような気がする。
それによく見たら、片桐さんと浩樹と呼ばれた男性…耳の形が似ている。
それに、片桐さん側がいじくり回しているのか知らないけど…何となく似ている部分はそれ以外にも存在している。口元とか…。
もしかしなくても片桐さん。あんたの息子ってまさか…。
いや、これ以上は詮索しないようにしよう。
俺はただ、仕事を全うするのみ。
…そういえば、羽依里達はどうしているだろうか。
ゆっくりできていると良いのだが…。




