21: また明日、学校で
六時半も過ぎ、そろそろ解散の時間が近づいてきていた。
ステバを出て、のんびり歩きつつ…時間が来る瞬間を待つ。
その間、私達の間には会話がなかった。
「…そろそろ、電車の時間じゃないか」
「そうだな」
腕時計を確認する。
いいぐらいの時間だ。もうホームへ向かった方がいいだろう。
今日の放課後は、これでおしまい。
名残遅いけれど、これ以上遅くなるわけにはいかない。
「改札まで、送るよ」
「ありがと。じゃあ、行こっか」
友達らしい、適切な距離を保って改札へ向かう。
そこまで道のりは遠くない。
けれどその歩幅は私も、楠原君も小さくて。
この時間に「まだ終わるな」というように、遅く歩いてしまう。
今日は自分でも、思いも寄らない行動ばかりしてしまったと思う。
楠原君をお昼に誘ったり、放課後、一緒に遊ばないか提案してみたり。
店に入るのを躊躇う楠原君の手を握り、周囲に「一緒に店を見に来た特別仲がいい男女」のフリをしようとしたり。
お揃いの提案をしてみたり…。振り返れば、全て照れくさくて。よく出来たなと思って。
同時に、穴があったら入りたくなってしまう。
凄く恥ずかしいけれど、きっとまた同じ機会があれば…私は繰り返すだろう。
「ねえ、楠原君」
「なに?」
「今日ね、私は凄く楽しかったよ。まだまだ知らない楠原君の姿が見られたから」
「…僕も、楽しかった。放課後、こんな風に出かけるのは初めてだったし、行ったことがない場所にも、気負いせず入れたのは遠野さんのおかげ」
「私は、そんな」
「いや、手を引いてくれたり…分からないこと、ちゃんと教えてくれたりしてくれたから。楽しく過ごせたんだ。ありがとう、遠野さん」
「じゃ、じゃあどういたしましてだね」
お礼はちゃんと伝えるべきだし、厚意はちゃんと受け取るべきだと思う。
感謝の心は伝えないと誰にも伝わらない。
謙遜は逆に、感謝をしてくれる人に悪いから。
「楽しかった。そう言ってもらえると、誘った甲斐もあったなって」
「こちらこそ、誘ってくれてありがとう。一人じゃ絶対、お店に入る前に諦めていただろうから」
「一人で入っても、誰も気にしなかったはずだよ」
「そんなことない。一瞬、見られたから」
「そうなの?」
「視線を向けられていることはわかったからさ。多分さ、遠野さんが側にいたから、周囲の興味もすぐに消えたんだと思う」
「私が手を繋いでいたからかな」
「うん。あれを見たから「ああ、あの人は二人で来たんだな」って思われたんじゃないかなと」
「…」
そう。二人で来た演出をしたかった。
けれど、それでいいのだろうか。
それだけで、私は満足しているのだろうか。
どうしても「入りにくそうなお店に、楠原君を無事に引き入れられた」ことだけに、満足できていない。
おかしいな。本当に。
ここ最近の私は、どうかしている。
ショーウィンドウ越しに、姿が映る。
ああ。やっぱり、今の私は酷い顔をしている。
自分の心も、行動も、自分自身で理解できないままだから。
眉間に、皺が寄っている。
少しだけ進んだ先にいる楠原君の背を横目に、硝子を鏡にして表情を整える。
上手く笑えていたら。
少なくとも、彼と一緒にいる間は…上手く笑えていたらいいのだが。
「遠野さん?」
「あ、ごめんね。服、見ていて…」
「…それ、男物だけど」
「へっ!?」
楠原君の言うとおり、ショーウィンドウに飾られている衣服は男性の物。
左隣も、右隣も同じように男性の衣服。
言い訳をしようにも、言葉が見つからない。
「こ、これは…」
「沢山遊んだし、疲れた?」
「そ、そんなところかも…休み明けだし、楽しすぎてはしゃぎすぎたところもあるだろうし…」
「こんなことしか言えないけれど、今日はゆっくり休んでくれ」
「う、うん。ぐっすり眠れると思うよ!楠原君も、ちゃんと休んでね。明日も学校、あるからさ」
「ああ」
非常に残念だが、改札前に到着する。
今日はこれで、おしまいだ。
「じゃあ、また明日、学校で!」
「また明日、遠野さん」
改札の奥へ消えていく私の背が見えなくなるまで、楠原君は見送ってくれる。
そのさりげない優しさに頬が緩む。
窓を眺めて笑っている姿が気になって、ずっと窓越しに見ていた男の子。
どんな人か気になって、友達になりたいと思って、声をかけたのはつい最近。
友達になった彼は、窓越しに見ていた頃より鮮明に私の記憶に残り続ける。
どうしてここまで惹かれるのだろうか。
確かに、口調が年相応になろうとも、元々穏やかな気質の人だから一緒にいて落ち着く人だとは思うけれど…。
どうしてここまで、自分らしくない行動を彼の前で取るのだろうか。
考えても、考えても、思い浮かぶのは一緒に過ごした思い出だけ。
自分が変な理由に、答えは出ない。




