Extra21:急な空白と作品撮影
かつて、工房の売店にパートで勤めていたおばちゃんの一人が知り合いだったカメラマン。
彼と巡り会えた事が奇跡のような出来事と言えるだろう。
知名度も腕も十分過ぎる彼は、今はなかなか予定がつかない。
そんな彼の「ほんの隙間」でも、確保できれば御の字レベルとなってしまった。
それでも知り合い価格で引き受けて貰えているし、融通もかなり利かせて貰っている。
本来予定していた日程より、予定を作ることが出来たとかで今日来て貰うことになった。
「そういえば、なんだかんだで撮影担当君と会うのは初めてかも」
「確かに…新菜もなかなか予定が合わなかったもんな〜」
「そうね。まあ、普通にいい子だから安心して」
「うん」
しかし、予定が詰まっているのは事実。
今日はいつも以上に「巻き」でやるらしい。
その為、体調が安定した新菜にも手伝いに来て貰っている。
勿論、バイトの室橋さんも一緒だ。
見慣れた車が駐車場に入ってくるのが窓越しに見える。
予定通りの到着だ。出迎えに行こう。
荷物も多いだろうし、運ぶのも手伝…。
「悠真、こっちの荷物私が…」
「いいからいいから座っていてくれホントに頼むなにもしなくていいから座って待っていてくれお願い」
「…悠真のカメラぐらい持てるもん」
「今日の機材は重めだから。な?な?」
「…むぅ」
機材を出しているのか、車の前に荷物を抱えた待ち人と…見慣れない金髪の女性が立っていた。
「悠真君」
「ああ、成海兄ちゃん。ごめんな、予定より遅れたみたいだ」
「時間通りよ…荷物、運ぶから貸しなさい」
「ありがとう一海姉ちゃん。でも本当に重いから、成海兄ちゃんと隣の兄ちゃんに任せた方がいいと思うぞ?」
「…これぐらい」
「機材、壊したら弁償して貰うぞ」
「浩樹、労働」
「あいあいさ〜…っと。君、なかなかに良い脅しするよね」
「金がかかることをちらつかせたら、一海姉ちゃんは引っ込んでくれるので。普通に重いんですよ。女の子に持たせる重さじゃないです」
「壊しても…って、下りは?」
「悪気なしの事故なら請求しませんって付け足した方がいいですかね?」
「…なるほど。一海ちゃんの扱いを心得ている」
「でしょ〜?」
「それより…」
「ああ。こちらのことは気にしないでください」
「了解。何かあったら声かけて」
「ありがとうございます」
聞き耳を立てていた姉さんが何か言いたげだったけれど、とりあえず引き留めておいた。
室橋さんは用意されていた機材を運び、僕もそれに倣うよう機材運びを始めようと、近づくと…逆に悠真君の方が近づいてくる。
「成海兄ちゃん」
「どうした?」
「すまないんだけど…ゆっくり落ち着ける部屋を貸してくれないか?」
「んー…二階の部屋なら全部開いているし、実家のリビングなら今日は誰もいない。好きに使ってくれていいよ」
「じゃあ、リビング」
「いいよ。何かあったのか?」
「事情を話す前に、先に紹介するよ。うちの奥さんと半年になった娘」
「!?」
案内された車の後部座席にはチャイルドシートが備え付けられていた。
その中に、まだふにゃっとした小さな生き物が…赤ん坊がいる。
「いつの間に…!?言ってくれたらお祝いぐらい」
「あはは〜。気を遣わせるのは悪いな〜って思って。成海兄ちゃんちょうど結婚とかでバタバタしていたみたいだしさ」
「そういうのは!ちゃんと!言うべきだぞ!?おめでとうございます!」
「ありがと〜」
彼の腕も信頼している。人格もしっかりしているが…。
こういう抜けた部分だけはどうにかして欲しい。
「…悠真、そういうのはちゃんとした方がいいと思う」
「すまんて羽依里…」
「中学生時代からお世話になっている人なんでしょう?ちゃんと付き合いがある人に、礼儀を欠かすのはむしろ失礼に当たるからね?」
「…はい」
「仕事関係は全部任せたけど、この分だと再確認した方が良さそうだね。帰ったら精査しようね、悠真。今日はお父さんとお母さん、家に帰ってくるから悠羽のことは気にしなくていいからね…?」
「ひぃ…」
…どうやら奥さんの方がしっかりしているらしい。
肩にかかる長さの、ふわっふわな金髪。
髪質のようにふわっふわな人かと思いきや、ちゃんと主導権を握れる人らしい。
彼女なら、今後も安心だろう…。
「すみません、昔から抜けていて…それに原因は私にもあって」
「奥さんにも、ですか?」
「はい。私は数年前まで入院していたんです。手術をして治った身とはいえ、まだまだ気を遣っていた時代のことが抜けていないようで…」
「じゃあ君、悠真君と一緒の日に産まれたお隣の幼馴染?」
「そういう伝え方をしていたんですね。その通りです。五十里羽依里。旧姓は白咲と申します。いつも夫がお世話になっております」
「楠原成海です。悠真君にはかねてよりお世話になっていまして…こちらは姉の一海。隣にいるのは新菜。僕の奥さんです」
軽い紹介をした後、項垂れる悠真君に「先に行く」と声をかけ…二人の娘である悠羽ちゃんと、彼女に必要な荷物を手に、実家のリビングへ向かう。
「この部屋は好きに使っていただいていいので」
「ありがとうございます。急なことなのに…」
「いえいえ。しかし、半年…ですよね。なぜ」
「今日は私の両親が海外から戻ってくる日なんです。元々午前の便で戻るのが、夕方の便になってしまって…」
「それで予定が空いたのね…」
「二人ともどうしても早く顔を見たいと言うから…。連れてきた理由は、そんなところです」
「なるほど…」
「一人じゃ大変だろうし、羽依里さんには私がついているよ。楠原家の設備の事はわかるし、力になれると思う」
「お願いしても?」
「勿論。だから二人は仕事に」
「じゃあ、お願いするよ、新菜」
「任せたわ」
「うん!じゃあ、いってらっしゃい!」
新菜の見送りを受けた後、僕らは仕事に取りかかる。
今日撮影予定の作品は十五作品。
お父さんが見えなくなったからか、若干狼狽えていた悠羽ちゃんの顔が脳裏に浮かぶ。
あの子の為にも、できるだけ早く終わらせたいものだ。




