Praesens12:依頼伝達
「…確か、姉さんと室橋さんは、室橋さんのお母さんと合流した後…在校生に囲まれたんだ。ほら、よくあるだろう。第二ボタンが云々とか」
「ああ。まだ残ってたんだそんな文化」
「そうらしくて、二人揃って知らない人間に取られるぐらいならって、目の前で互いのボタンを引きちぎって「これは自分のものだ」って黙らせたって話だよ」
「…仲いいね、当時から。でも、なんで成海はそれを知っているのかな」
「んー?ああ、あの後、二人揃って「ボタンをつけて欲しい」ってもう着ない制服を持ち込んできてな…」
もう着ることはないけれど、やっぱり破損させたのが気がかりだったらしく…二人揃って修理をお願いしてきた。
ちなみに姉さんも室橋さんも裁縫は下手くそ側だ。糸通しすらまともにできない。
「修理した制服は、未だに取ってるの?」
「多分。うちはそういうものは取っておく主義だから」
「なるほどなるほど…」
姉さんの制服は美海が「将来着ちゃうかも」なんて言っていたけれど、残念ながら美海が入学する年に浜波商業の制服は一新した。保管していた制服は今も実家でタンスの肥やしをしているだろう。
僕の制服はどうしたっけな。タンスの肥やしだろう。
それに、もう一度着ようとしても体格が随分変わった。当時のものはもう着られない。
「新菜は?」
「私は自分で保管しているよ。お母さん達は別に捨てても…とか言ってたけど、思い出があるし…それに」
「それに?」
「いやー…成海が久しぶりに学生時代の私を見たいとか言い出したら、いつでもと思いまして…」
「僕を何だと…」
本音を言えば、制服姿の新菜は見たい。
正直高校生をやっていたのは六年前で、当時の姿とはかけ離れていようが見たい。
「でも見たいんでしょ?」
「それは…」
「おらっ、言ってみろ〜?どんなものでも受け止めてやるからよ〜」
「うぐっ」
「おらっ、おらっ」
「み」
「み?」
「…見たい、です」
「素直でよろしい。でもまた今度ね。今日はダメな日だから」
「…着替えるだけだろ」
「それだけで済むのかな〜」
「…何を期待しているんだ」
「いやはや、学生時代って成海の自制心エグかった時代だから…今更制服姿を求めるということは、そういう欲もあるのかなと」
「僕を何だと思っているんだ…」
「素直になりなよ…成海さんや…」
「…いや、こればかりは本音だ。制服姿が見たいだけ」
「左様で…」
残念そうに口を尖らせる。
いいだろう。残念なのはお互い様だ。
「…それより、体調不良は疲れだけじゃないな。理由、他にあるだろ」
「まあね。まあ、毎月だし」
「…そうか」
今月も「あった」というのは、喜ばしいことなのかもしれない。
体調面で問題はない。
だけど、今月も「ダメ」だった。
なかなか彼女の望むような結果が得られないことに肩を落とすが…同時に安堵する自分もいる。
もう少しだけ、二人でいられる。
しかし、こういう話題を直接的に振ってくるということは、新菜も焦っているのだろうか。
別に焦る必要は無いと思う。だけど、彼女の意志を尊重するなら…。
「成海」
「んー?」
「あんまり思い詰めたらダメだからね。それよりも抱き枕して」
「はいはい」
彼女が楽な体勢を取れるように、姿勢を整えようとすると…スマホに着信が入る。
「着信音…はとぽっぽなのはどうかと思うよ」
「これが一番なんだ。可愛いと思わないか」
「普通のにして…」
「仕事のは普通のにしている」
「それなら、いいけど…」
相手は片桐さんからだ。
片桐さんは僕が高校二年生の時…本格的に冬月からの案件を取り扱うようになってから、彼方さんに派遣された冬月家の使用人だ。
僕への依頼仲介連絡及び護衛を担ってくれている、初老の男性だ。
『本当は監禁するところではあるのですが、本人の希望や成海さんの意志を尊重した結果、この業務を任せることにしました』
『こうして顔を見せる立場なら、成海さんも私が約束を反故にしていないことがわかるでしょうし…それに、息子さん。成海さんのご実家でバイトをしているのでしょう?』
『これは彼への報酬であり、脅しです。元敵でも、今は当家の使用人』
『労働者に対し、報酬は等しく与えられるべきものなのですよ、成海さん?』
少しだけ顔を変え、面影を無くした彼を連れてきた彼方さんはそう告げた。
顔立ちで「父親と証明できなくなる」ことが、あの人が与えられた罰となったそうだ。
そんな彼から連絡が来たということは依頼の話なのだろう。
すぐに出るべきだ。
「ごめん、新菜。片桐さん」
「仕事なのにはとぽっぽじゃん」
「後で変えておくから…少し待っていて…もしもし」
『ああ、成海君。ごめんね。今日は早帰りをしたと聞いていたんだけども…緊急の案件が入ってね』
「緊急、ですか?」
『ああ。直接的に名前は言えないけれど「生前の私」の「姪っ子」に当たる子に彼方様が君を紹介していたようでね。その子から依頼が入ったんだ』
…生前の姪っ子か。
巳芳様に続き、これまたやんごとなきお客様がいらしたらしい。
『明後日、時間は空けられそうかい?』
「午後ならなんとか」
『午前中は、だめかな?先方がそう希望していて…』
「明後日の午前中は、作品撮影を入れ込まれていまして…」
『なるほどねぇ…先方には融通を利かせて貰うよ。任せておいて』
「お願いします」
片桐さんとの連絡を終え、一息つく。
それから新菜に縋るよう、抱きついた。
「どうしたの、成海」
「ううん。また忙しくなりそうだなって」
「良いことだと思うよ。でも、寂しくなるね」
「ついてきて…」
「なるべく様子見に行くから」
「そうして…」
こうしてゆっくり出来る時間は、しばらく取れそうにないらしい。
それを堪能するかのように、僕が新菜を抱き枕にして横になる。
彼女はそんな僕の頭を優しく撫でつつ、午後の一時を過ごしていく。




