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39:春色の夢

あの後、孝浩さんを冬夜君に引き渡した僕は、新菜と陸と合流した。

先生も生徒も誰も来ないような、特別教室棟の影で三人並んで、卒業生が帰るのを待っていた。

わざわざ来たのに、卒業式に参加することもなければ卒業生を祝うこともなく時間を過ごしてしまったことに対して…少なからず、後ろめたさがあるのかもしれない。


…その間、僕らの間に会話はなかった。


しばらくして、人が少なくなると…陸は「今日は帰る」とふらついた足取りで帰ってしまい、僕と新菜だけが残される。

彼にも色々あった。ありすぎた。


整理する時間も必要だろう。そう目を閉じたタイミングで…隣に立っていた新菜の手が僕の頬へ添えられる。

指先は頬を、口元をなぞる。

口先に添えられた指は、震えていた。

彼女は俯いたまま、僕の方を見ない。


「成海君」

「…」

「何も言わなくていい。返事だってしなくていい」

「…?」

「———だから、後でちゃんと、怒ってね」


そう告げたと同時に、弾けるような音と、頬にヒリヒリとした感覚が走った。

じんわりと傷む頬を押さえたと同時に、今まで俯いていた新菜の顔が見えていた。


「…さっきの人、ナイフ持ってた」

「…そう、だな」


見つけたと思って、その場に駆け込んだ。

何も考えずに突入した先では、互いにナイフを向け合う男が立っていた。

そこは、自分でも盲点だった。

そんなことが、あるわけがないと思っていたから。


「…刺されるとか考えなかったの」

「考えて、なかった」

「…私は、よくわからないよ。成海君の支援者さんが置かれている世界も、室橋先輩のお父さんが丘競れている世界も、さっきのナイフの人の世界もわからない」

「…ん」

「でもね、成海君がいるべき場所のことなら分かる。あんな場所じゃなくて、ここ」

「…」


彼女の両手が頬を挟む。

ちゃんと私を見て。

叩いてごめんね。

色々な感情が渦巻く瞳から、目を離せないように———。

熱を帯びていた頬を、冷ますように手を添えてくれる。


「具体的に言わなきゃわからない?」

「…言って欲しい」

「まずは、家族に安心して貰える場所。今の成海君の行動を海人さんや一海さんが知ったら絶対に怒るし、美海ちゃんは泣いちゃう」

「…」


「それから、友達に暗い顔をさせない場所。鷹峰君、罪悪感でいっぱいだった。親戚のいざこざに、他でもない成海君を巻き込んだから…」

「…気にしなくていいのに」

「気にするものなの。成海君、優しいけどそういうところ凄く残酷」

「えぇ…」

「…自分にも優しくして。危ない場所にいかないで。成海君は「普通の世界」の人なんだから」

「…善処する」

「それ、そう言いながらもやらないやつだよ」

「そんなことは…」


ない、とは断言できなかった。

状況次第ではきっと、また…同じ事をしでかしそうだから。


「最後に、私の側が…貴方の居場所」

「…」


頬から頭へ、逃がさないように回された手。

それに力はないのに、そっと押し出された方へ向かってしまう。

背中に回された手に、力が入る。

これぐらいで押さえつけられても逃げられる。けれど僕は逃げられない。


「私の側にいて、ずっと安心させて欲しい。もう二度と、危ないことをしないで。お願い」

「…うん」

「…次したら、これで済ませないからね?」

「…わかってる。ごめん、新菜」

「許すのは、今回だけだからね」

「ああ」


次はない。きっと見限られる。

彼女がこの件で甘いのは、一度切りだろうから。


「しかし、新菜」

「なにかな」

「冬月さん達と関わるなとは、言わないんだな」

「…関わらなくて済むなら、済んで欲しいけどね。でも、成海君の為を思って支援してくれる人に離れるなとは言えないよ」

「ん」

「でも、一人で何もかも抱えなくていいと思うな。何もかも、それが最適なのは聞いていてわかっていたけど…」

「…まあ、うん」

「私に出来ることがあれば、何でもするから。ちゃんと支えるから…一人で抱えないで。それも、約束」

「ああ。そうするよ。でも、抱え込ませるのは、流石に」

「いいんだよ」

「どうして?」

「———他でもない、成海の為だから」


再び頬に手が添えられる。

それが合図というわけでは、きっと無かったと思う。

それでも僕は目を閉じて、後は彼女に全てを委ねた。


瞼の裏は、暗いまま。

だけど、どこに向かうべきかはわかっている。

春の様に暖かな熱。

その一点に向かって歩いた先こそが…僕の居場所なのだから。

再び目を開いた先には、満足そうに微笑んだ新菜が待っていた。

赤く腫らした目元に浮かんだ透明をそっと拭って、僕もまた彼女を抱きしめる。


絶対に手放さないよう、力を込めた。

春のように暖かなこの場所が、一生の居所である夢を描きながら———僕らは再び、瞼を閉じた。あの後、孝浩さんを冬夜君に引き渡した僕は、新菜と陸と合流した。

先生も生徒も誰も来ないような、特別教室棟の影で三人並んで、卒業生が帰るのを待っていた。

わざわざ来たのに、卒業式に参加することもなければ卒業生を祝うこともなく時間を過ごしてしまったことに対して…少なからず、後ろめたさがあるのかもしれない。


…その間、僕らの間に会話はなかった。


しばらくして、人が少なくなると…陸は「今日は帰る」とふらついた足取りで帰ってしまい、僕と新菜だけが残される。

彼にも色々あった。ありすぎた。


整理する時間も必要だろう。そう目を閉じたタイミングで…隣に立っていた新菜の手が僕の頬へ添えられる。

指先は頬を、口元をなぞる。

口先に添えられた指は、震えていた。

彼女は俯いたまま、僕の方を見ない。


「成海君」

「…」

「何も言わなくていい。返事だってしなくていい」

「…?」

「———だから、後でちゃんと、怒ってね」


そう告げたと同時に、弾けるような音と、頬にヒリヒリとした感覚が走った。

じんわりと傷む頬を押さえたと同時に、今まで俯いていた新菜の顔が見えていた。


「…さっきの人、ナイフ持ってた」

「…そう、だな」


見つけたと思って、その場に駆け込んだ。

何も考えずに突入した先では、互いにナイフを向け合う男が立っていた。

そこは、自分でも盲点だった。

そんなことが、あるわけがないと思っていたから。


「…刺されるとか考えなかったの」

「考えて、なかった」

「…私は、よくわからないよ。成海君の支援者さんが置かれている世界も、室橋先輩のお父さんが丘競れている世界も、さっきのナイフの人の世界もわからない」

「…ん」

「でもね、成海君がいるべき場所のことなら分かる。あんな場所じゃなくて、ここ」

「…」


彼女の両手が頬を挟む。

ちゃんと私を見て。

叩いてごめんね。

色々な感情が渦巻く瞳から、目を離せないように———。

熱を帯びていた頬を、冷ますように手を添えてくれる。


「具体的に言わなきゃわからない?」

「…言って欲しい」

「まずは、家族に安心して貰える場所。今の成海君の行動を海人さんや一海さんが知ったら絶対に怒るし、美海ちゃんは泣いちゃう」

「…」


「それから、友達に暗い顔をさせない場所。鷹峰君、罪悪感でいっぱいだった。親戚のいざこざに、他でもない成海君を巻き込んだから…」

「…気にしなくていいのに」

「気にするものなの。成海君、優しいけどそういうところ凄く残酷」

「えぇ…」

「…自分にも優しくして。危ない場所にいかないで。成海君は「普通の世界」の人なんだから」

「…善処する」

「それ、そう言いながらもやらないやつだよ」

「そんなことは…」


ない、とは断言できなかった。

状況次第ではきっと、また…同じ事をしでかしそうだから。


「最後に、私の側が…貴方の居場所」

「…」


頬から頭へ、逃がさないように回された手。

それに力はないのに、そっと押し出された方へ向かってしまう。

背中に回された手に、力が入る。

これぐらいで押さえつけられても逃げられる。けれど僕は逃げられない。


「私の側にいて、ずっと安心させて欲しい。もう二度と、危ないことをしないで。お願い」

「…うん」

「…次したら、これで済ませないからね?」

「…わかってる。ごめん、新菜」

「許すのは、今回だけだからね」

「ああ」


次はない。きっと見限られる。

彼女がこの件で甘いのは、一度切りだろうから。


「しかし、新菜」

「なにかな」

「冬月さん達と関わるなとは、言わないんだな」

「…関わらなくて済むなら、済んで欲しいけどね。でも、成海君の為を思って支援してくれる人に離れるなとは言えないよ」

「ん」

「でも、一人で何もかも抱えなくていいと思うな。何もかも、それが最適なのは聞いていてわかっていたけど…」

「…まあ、うん」

「私に出来ることがあれば、何でもするから。ちゃんと支えるから…一人で抱えないで。それも、約束」

「ああ。そうするよ。でも、抱え込ませるのは、流石に」

「いいんだよ」

「どうして?」

「———他でもない、成海の為だから」


再び頬に手が添えられる。

それが合図というわけでは、きっと無かったと思う。

それでも僕は目を閉じて、後は彼女に全てを委ねた。


瞼の裏は、暗いまま。

だけど、どこに向かうべきかはわかっている。

春の様に暖かな熱。

その一点に向かって歩いた先こそが…僕の居場所なのだから。

再び目を開いた先には、満足そうに微笑んだ新菜が待っていた。

赤く腫らした目元に浮かんだ透明をそっと拭って、僕もまた彼女を抱きしめる。


絶対に手放さないよう、力を込めた。

春のように暖かなこの場所が、一生の居所である夢を描きながら———僕らは再び、瞼を閉じた。

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