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37:新しい人生の門出の前に

「一目だけ」でも、と思っていた。

嫌われているのはわかっている。嫌われるようなことをしたのだから。

だけど…。


『お父さん、お父さん。見てよ。読書感想文で賞を取ったんだ』

『ほー。凄いな!浩樹は昔から書くのも読むのも好きだからな〜。将来は読書感想文を書かれる側だな!』

『へへ〜』


読書感想文で賞を取ってくるのは、しょっちゅうだった。

本を読むのが好きで、本屋に行く度に新しい本をねだった。

休みの日には、子供が好きそうなレジャー施設じゃなくて、図書館へ向かうことを願った。

穏やかな時間だった。

神楽坂の呪縛から抜けられず、だらだらと父のいいなりになり続けた僕にとって、幸せだった時間。


あの子がおそるおそる、書いた短編を僕に見せてくれたのはいつだったか。

小学生が書いたにしてはしっかり纏まっていた。

この子には才能があるのだろう。

浩樹に小説投稿サイトを教え、作品発表の後押しをした。


『…読んでくれる人いるかな』

『大丈夫。浩樹の小説、面白かったぞ。父さんだけが読むのは、もったない』

『でも、やっぱり恥ずかしい…』

『最初はそんなものさ。大丈夫、自信を持って』

『…ん』


読まれた事に喜んで、しばらくしたら評価や感想を貰った。

その時間を、一緒に喜んだ。

しばらくすると、こなれてきたのか…一人で作品を投稿するようになっていた。

一人で作業をしやすいように、パソコンを買い与えた。

それが、冬月での任務を失敗する前の…最後の時間だった。


———冬月財閥から次世代通信デバイスに関する資料を盗んで、神楽坂に持ち帰れ。

それが成功したら、神楽坂との縁を切ってやる。


父さんに言われた言葉が、何度も頭の中をよぎる。

ああ、そうだ。僕は挑んだ。神楽坂の呪縛から抜け出して、今度こそ…普通の親子をやりたくて…冬月財閥に潜入したんだ。


でも、挑んだ仕事は当然失敗した。

その後は、冬月や神楽坂だけでなく、神楽坂が喧嘩を売った連中からも追われる毎日。

心身共に摩耗して、しばらく夢遊のような日々を送っていた。

———自我が数年ぶりに覚醒したのは、花織さんへの暴力を止めようとした浩樹の首を絞めていた時だった。


その瞬間、花織さんも僕を見限った。

神楽坂に弱みを握られた家の出身で、こんな僕に宛がわれただけで…そこに愛はなかった。

だけど彼女は彼女なりに僕を大事にしてくれた。

それができなくなったのは、僕だけ。


離れて暮らして三年。

身分を隠しながら働ける場所は非常に限られている。

また同じような仕事に就くしか選択肢がなかった。

僕は真っ暗な世界に生きる中、対照的に浩樹は日の当たる世界で輝いていた。

売れっ子小説家になっていたあの子の小説は、この前ドラマをやっていた。


おめでとう。凄いじゃないか。


そんな台詞は一つも言えない。

言える、権利もない。


それでも、あの子の顔が見たかった。

十八歳。成人になったあの子を…僕が出来なかった一人立ちが出来た…あの子を。

最後に、一目でも———。


「…」


誰かの気配がする。

誰だろう、一般生徒かな…。

いや、違うな。この足取りは…。


「…やっと見つけました、神楽坂孝浩さん?」

「…君は」


若い男の子の声。

さっき声をかけてくれた子がいたけど…その子ではない。

…同業者かぁ。しかもこの子に当たるとは。


岩滝蓮司いわたきれんじ。ま、言わなくてもいいっすよね?」


岩滝家。政府の高官が抱えていると噂の「厄介事専門のお掃除屋」

特にこのクソガキに関しては腕がいいと利く。

同業者としては、最も遭遇したくない人間だ。


「…初手で君を引くとはね。つくづく運がない」

「離婚した息子の卒業式に顔を見せるだなんて健気なものっすね」

「嫌われているから、顔なんて見せられないよ。見せたら罵声を浴びさせられるさ」

「可哀想に」

「そっくりそのままお返しするよ。将来の君を今、見せているようなものだからね」

「…いい神経してんじゃん」

「それは、お互い様ではないかい?」


互いに音がしない武器を構える中、ふと、校舎の影から人影が伸びる。

追加の追っ手…かな。

一般人である可能性を考慮して、武器を引っ込める。

さて、何が出るだろうか…。


「あのー…そんなところで何をされているのでしょうか?」

「君は、さっきの…」

「あ、さっきの方。また迷子ですか…?今日は多いですね」

「え、いや…僕は」


…さっきの男の子が間に入って、僕の腕を掴む。

その腕には、これまた小さな男の子が抱かれていた。


「…接触したのは、岩滝蓮司さんですね」


ひょこっと岩滝に対して顔を出した男の子。

子供らしからぬ喋り方をするこの子は見覚えがある。主に似た喋り方をする子だから特に印象を抱いていた。


「…お前、誰かと思えば…冬月のところのチビガキ1号か」

「事実ですが不本意です。岩滝さん、ここは冬月の顔を立てて頂けませんか?彼から最初に被害を被ったのは当家です。落とし前は当家からつけさせてくださいな」

「んなことできる訳ねえだろ。こっちだって仕事で…」

「ここには寺岡が控えています?やり合いたくはないでしょう?それにこちらは貴方が囲っている「恋人」の情報を掴んでいます。婚約者にバレたら、大変でしょう?」

「…ちっ。本業相手にやり合えるわけないだろうが。マジで傭兵雇ってんじゃねえよ。それから一般人を餌に脅すな…と、お前の御主人様に伝えておけ」

「ありがとうございます。でも、寺岡さんは現当主様についてきただけなので、彼方ちゃんは関係ないです」

「…クソガキいつか潰す」

「いつでもお待ちしております」


「それからそこの協力者ぁ!」

「ひっ!?なんですか…」

「お前も冬月のお抱え…ってか一般人だよな」

「…信じて貰えるかは、わかりませんけど」


浩樹と同じ制服を着た男の子は、大変困惑した顔で岩滝の問いに答える。

…どこからどう見ても一般人だろう。立ち振る舞いといい、何もかも。

普通の、男の子じゃないか。


「あんま関わるなよ。こういうの、身内泣かせるから。なぁ、神楽坂」

「…そうだね。じゃあ、行こうか」

「ありがとうございます、岩滝さん」

「…ちゃんとうちに詫び入れとけよ。じゃないと俺が折檻される」

「勿論です。今後とも、良い関係を」

「…可愛げのねぇクソガキ」


岩滝が去った後、早瀬君は僕に手を差し出す。


「このまま当家へ向かいます。彼に感謝をしてくださいね。貴方の無事を保証するよう、契約を取りつけています」

「なぜ…」

「貴方の息子と、陸…貴方の妹さんの息子さんの為です。先輩はともかく、陸は…大事な親友ですから」

「妹…未尋の息子か。無事に逃げ出せたんだな、あの子は…」


静かに目を伏せる。

五人姉弟。皆仲が悪かったあの家で…唯一良好な関係を、神楽坂を逃げようという思想を抱いたたった一人の味方。

あの子は一人で外に出られた事に安堵する。

…僕とは違って、幸せな家庭を築けているらしい。


「…身柄を保証する都合上、貴方には戸籍上死んで頂くことになります。」

「わかっている。君達に都合が良いよう、何でもするといい」

「…少なくとも、二度と息子さんの前に「父親」として出ることは叶いません」

「仕方無いさ。それが罰なのだから。むしろ生かして貰えるだけ…」

「…」

「それに僕に、あの子の父親を名乗る権利はないよ。死んでいた方が、あの子もきっと気が楽さ」


早瀬君に連れられ、外に向かう。

その前に、一言だけ…遺すことができるのならば。


「君」

「…はい」

「浩樹に…本を買ったと。面白かったと。伝えて欲しい」

「本当に、それだけでいいんですか?」

「…それだけで、いいんだ。神楽坂孝浩の遺言は、それだけでいい」

「…わかりました」


去り際にそれだけを伝え、舞台を降りる。

あの子が主役の卒業式。その舞台裏で起きていたいざこざはこれでおしまい。


卒業おめでとう、浩樹。

さようなら。これからの君の人生が…。

————光と幸で、包まれていますように。

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