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34:神楽坂家

あの後、一度父さんと別れ…僕らは自分の教室にやってきていた。

正直、今の僕らは卒業式どころの話ではなかった。

姉さんに薄情扱いされるのは…まあ置いておこう。


神楽坂孝浩さんは室橋先輩とそのお母さんに接触禁止を言い渡されているらしい。

彼の両親が離婚していた事は流石に驚きはしたが…接触禁止になるような別れ方となると、そういうことなのだと思う。


「バイト中に、この町に越したのは高校一年生の時。それから片親だって話は聞いたの。室橋先輩、早く帰る時が多かったから…」

「そうなのか?」

「うん。お母さん、身体が弱いみたいで…酷い喘息も患っているらしいの。朝陽ヶ丘に来たのは、空気がいいのもあるけど、玖清の総合病院にいいお医者さんがいるからって…」


新菜が知っている情報は、当たり障りの無いもの。

それでもかなり聞き出せている方だ。さすがというべきか。

問題は…。


「陸は、神楽坂孝浩さんのこと何か知っているのか?」

「…うちのお母さんの実家が神楽坂なんだよ。孝浩さんは母さんのお兄さんに当たる」

「つまり」

「室橋先輩だっけ?俺とは従兄弟らしいね。まぁ、俺は神楽坂関係の親戚付き合いに顔を出さないようにしているから、幼少期も会ったことないから」

「…鷹峰君と室橋先輩、妙に話し方が似てる気がしていたけど、血縁者だったとは」

「知らないよそんなの…偶然の産物だろ」


陸は面倒くさそうに目を細めた後、小さく息を吐く。

それから、彼が知っていることを淡々と述べてくれる。


「俺が知っているのは、叔父さんが仕事でミスやって実家に絶縁されて…それから妻子にDVかまして離婚したってことだけ。接触してきたらすぐに逃げろって、母さんが」

「やっぱりか…」

「そう、だよね…接触禁止となると、そうなるよね…」


想像通りの出来事に、僕と新菜はそれぞれ頭を抱える。

…室橋先輩はずっとこれを隠していた。

飄々とする空気の中で、過去の陰りを感じさせず振る舞い続けた精神に…正直、驚いている。


あの人は作家である以前に、生涯の役者だった。


そんなことよりも、目先の問題だ。

室橋先輩の視界に彼が入るだけで騒ぎになるだろう。

その前に、彼を確保してそのうちに室橋先輩達を家に帰らせなければ行けない。


…父さんは事情を理解している。

「一海にメッセを入れて、それとなく「うちの車で一緒に帰らないかって誘え」と連絡をしておいた」と、僕のスマホにメッセージが来ていた。

しかし、神楽坂孝浩さんはその途中で接触してしまう可能性があるかもしれない。


「叔父さんの確保は言い過ぎだけど…」

「居場所を把握して、海人さん達が移動している間、そこから動かないようにはしたいよね…室橋先輩と会うと、騒ぎになるだろうし」

「本人がいくら役者でも、流石にな…」


でも、ここからどうしたらいいのだろうか。

僕らは神楽坂のことを知らない。

神楽坂孝浩という男性のことも…何も知らなければ、子供の卒業式に参加するために無茶をして、疲れ切った顔を浮かべているだけのおじさんとしか思わなかった。

———室橋先輩みたいに、付き合いやすい人だと思えた。


…彼にも、事情があったのかもしれない。

だけど同情はしない。彼がしたことは、やってはいけないことだから。

二人に関わってはいけないというのなら、それを阻止しなければならない。

そういう、決まりなら…尚更だ。


「もしかしたら、今は卒業式に参加している可能性もあるんだよね…」

「うちの高校、卒業証書をそれぞれに配布するらしいから二時間ぐらいかかるらしいよ」

「その間に出来ること…協力者を増やすぐらいか?」


だからと言って、自由登校の日に休みを選んだ渉や若葉さん、美咲さんを呼び出すのも気が引ける。

僕ら自身のことならともかく、昨日出会ったばかり程度の先輩の親に関することに、巻き込むわけにはいかない…。

僕らだけで、どうにか…。


「…成海、携帯震えてない?」

「あ、本当だ。電話かな」


画面に表示されていたのは、番号だけ。

登録されている番号であれば、名前が表示される。つまり知っている人の電話ではないらしい。


「誰だろう。とりあえず出るか」

「登録してない番号から電話がきたら、とりあえず出るタイプなんだね成海君…」


とりあえず、迷っていてもしょうがないので電話に出てみる。


『もしもし、もしもし成海さんのお電話でしょうか』

「その声は…冬月さんかな」

『はい!半月ぶりですね。今、お時間大丈夫でしょうか』

「僕は大丈夫だけど…君は小学校では」

『休み時間というものは等しくありますので』

「そうですか…」


まさか休み時間に電話をかけてくるとは。僕らが普通に授業を…。

いや、僕らも普通なら休み時間だ。

この七歳児はどこまで把握して行動しているのだろうか。


しかし、このタイミングで冬月財閥のお嬢様からの電話か…。

神楽坂家というのは、この国で残存している二大財閥の片割れ。

二大の片方は冬月…電話相手の家。

敵対している可能性もあるが、彼女としては「よく知る存在」だろう。

それとなく、話題に振ってみようか。


「それで、なんで電話を?」

『この前のお話、ご快諾いただけたとの事で、お父様から寺岡に連絡を頂いています。その際にお父様から直通の電話番号を伺いまして…』

「ああ、なるほど…」

『本日はそのお礼ということでお電話したのですが…なにかありました?』

「どうして、そう思ったの?」

『声音、でしょうか。少し焦りと迷いを感じましたので』

「君には隠し事が出来なさそうだ…」


『何かお悩みなら、ご相談に乗りますよ』

「君に神楽坂関係のことを聞くのもなぁ…」

『…神楽坂財閥のことですか?』

「うん。ちょっとその関連で厄介事がね。君からしたら、別の会社の話。気分が悪いだろう?」

『通常であれば、ですね。私情は挟みませんが、流石に神楽坂となると』

「通常であれば…なんだ」

『ええ。私にも少し事情がありまして…。内容次第ではありますが、知っていることをお伝えすることは勿論、手をお貸ししますよ』

「…正直、都合が良すぎて怖い」

『奇遇ですね。私もです。都合が良すぎで、運命を信じたくなりますよ』


七歳児は楽しそうに、電話越しから舞台に上がって手を差し伸べる。

僕は彼女の手を取り、物語を進めた。


「———神楽坂孝浩という人物を探している」


新菜と陸も驚いている。

僕も驚いている。

まさか、私情の人捜しを…学外の人に依頼するなんて、思わなかったのだから。

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