2:はじまりは「忘れ物」
学校帰りに若葉と美咲と遊んで、電車の中。
空いていた椅子に腰掛けて、スマホに触れた。
メッセージアプリの通知は沢山。個別だけじゃなくて、グループにも色んな連絡がやってきている。
明日からゴールデンウィーク。
何して遊ぶ?予定は?空いているなら一緒に遊ばない?
沢山の人から通知は来ているけれど、欲しい人からの連絡はない。
それもそうだ。連絡先を未だに聞けていないのだから。
「…今日も聞けなかった」
隣の席の楠原君。
いつも窓の外を眺めて、時折楽しそうに笑っている不思議な人。
私の周りは賑やかだけど、彼の周りはいつも静かで…穏やかな時間が流れている。
そんな彼が穏やかに笑う姿を窓越しに眺めていると、なんだか無性に気になって…ついつい眺めてしまう。
今日はそんな彼ときっかけが欲しくって、わざと教科書を忘れたふりをしたのに…最後の最後で空ぶってしまった。
「…はぁ」
小さくため息を吐きながら、スマホの電源を落とす。
メッセージの返信は後でゆっくりやろう。今はそんな気分じゃない。
スマホを直すために鞄を開けると…。
「あれ…?」
現国の教科書が二つあるではないか。
一つは間違いなく、私が忘れたふりをした現国の教科書。
じゃあもう一つは…と、教科書を手に取り、最終ページを開いてみる。
その中に名前を書く欄がある。私も同じ場所に名前を書いている。
そこにはちゃんと「楠原成海」と、名前が書かれていた。
名前を書かなくなる人もいる中、律儀な人。
綺麗な字で書かれた字を指でなぞると、自然と頬が緩んでしまう。
「でも、明日からゴールデンウィーク…だよね」
明日返そうと思っても、返せない。
それに、今日出た現国の課題は教科書がないと…。
「…早く返さないと、困っちゃうよね」
休みの日なら、誰にも邪魔はされないだろう。
もう一度スマホを取りだして、メッセージアプリを起動させる。
クラスで作ったグループには、楠原君の名前はない。
誰も声をかけていないらしい。
…ダメ元でも聞いてみよう。
クラスグループにメッセージを送る。
『楠原君の連絡先を知っている人はいるかな?』と。
案外メッセージを見ている人は多いらしく、すぐに既読が付いてくれる。
けれど、大体は「楠原って誰?」「クラスにいた?」と、楠原君の存在を認識していない人のメッセージで溢れかえった。
やっぱりダメかと思い、返事をしてくれた皆にお礼のメッセージを入力しようとしたところで、通知が来る。
アカウントの名前は鷹峰陸。個別メッセージの通知のようだ。
…鷹峰君は休み時間、唯一楠原君と話している人。
グループにお礼のメッセージを送った後、鷹峰君との個別メッセージを開く。
『成海に何か用?』
『うん。今日、教科書を間違えて持ち帰っちゃって…課題で必要でしょ?渡しに行きたくて。住所を知らないかなって』
『成海の家、朝陽ヶ丘町の海辺にある楠原硝子工房』
『お店?』
『うん。人が少なくなるお昼時がおすすめだよ』
『教えてくれてありがとう』
『いいって。本人に許可とってからになるけど、連絡先も渡そうか?あいつ、メッセやってないから電話番号かメールアドレスになるけど…』
『ううん。それは大丈夫。気遣ってくれてありがとう、鷹峰君。明日伺ってみるよ』
そう返信したと同時に、鷹峰君からスタンプが送られる。
これで会話はおしまい。
「…楠原君、メッセやってないんだ」
なんだか意外。今時アカウントを作らないでいる人なんて、いたんだなって。
電話番号とメールアドレス。
鷹峰君から連絡先を聞いてもいいなって思ったけど、やっぱり自分で聞きたい。
…教えてくれるかどうかは、わからないけれど。
とりあえず、明日は楠原君のお家…楠原硝子工房に出向いてみよう。
ネットで検索をかけ、明日の動きをシミュレーションしておく。
それにしても、海沿いの街にある硝子工房か。
想像した光景はキラキラで、明日への期待が更に降り積もる。
…明日、晴れるといいな。
明日への思いを胸に、鞄を抱きしめて…最寄りの駅に到着するまで過ごした。