31:心配性の姉と
「あのね」
一海さんは、私達五人に聞こえるように声を出す。
少しだけ照れくさそうに、だけどしっかり前を向いて。
都合上姿はしっかり見せられない。
けれど、彼女の声音には、振る舞いには誠実が宿る。
「まずは、ありがとう。友達になってくれて。あの子の面倒な部分を知っても、受け入れてくれて」
「…俺は、楠原面白そうだな〜って思って声をかけたのが最初っす」
何を言われるか身構えていた美咲と若葉は、一海さんの言葉に面食らう中、渉君だけが一歩だけ進む。
私と同じ、成り行きではなく…自ら行動して、彼に関わった人物として。
「友達になりたくて、声をかけた。面倒事はなんかついてきていただだけで、気にするものではなかったし、困っているなら助けたいと思えた。弟さんは…成海は、俺にとってそういう存在です」
「…」
「同時に俺もあいつに沢山助けられました。若葉とこうして付き合えてるのも、成海の尽力があったからなんすよね」
「そうなの…」
「だからなんだ。俺はお礼なんて言われるような事していませんよ。なりたくてなったんですから」
渉君に続くように、若葉が恐る恐る前に出る。
この中の誰もが抱く疑問を、投げかける。
「お母さんが亡くなられているからでしょうか。成海のお姉さん、凄く成海のお母さんっぽいですよね…」
「そんなことは…」
「あるんです。私も弟がいる身ですけど…弟の友達がどうとか、考えた事ないです」
「…」
「環境がお姉さんを過保護にしているというのも、何となく分かるんです。だけど、心配いらないっていうか。そこまでお姉さんが成海に対しての物事を重く捉えなくていいというか…」
彼女なりに、色々と言葉を選んで…一つの結論を導き出す。
同じ、弟がいる立場のお姉ちゃんとして。
「成海は成海でちゃんと中学時代から変わってる。見なくたって、勝手に育つものです。お姉さんが心配される気持ちもわかるけど、もう大丈夫だよって…思います。私達が、いるんで。支えて貰ってる分、支えるんで」
「…」
最後に、一海さんの背後に美咲が回り込んで、背中を撫でる。
「そういえば、お姉さん…あの日、教室前にいたよね」
「なんで」
「声が一緒。すすり泣いてる人がいるなぁって聞こえていたから。まさかお姉さんだとは思わなかったんだけど…嬉しかった?」
私達が気がついていなかった事象に気がついていた、たった一人の存在は涙をこぼす寸前の一海さんの隣にそっと寄り添う。
最後の一押しを、するために。
「…ええ。そうね。凄く嬉しかった。あの子はあれで、友達を沢山無くしたから」
「その程度で離れるとか覚悟足りなさすぎ。私は成海氏が友達やめたいって言うまで離れるつもりないから。安心しなよ、シスター?」
「もう、面白い子ね…。あの子は本当に、良い友達に恵まれたのね…」
「心配しすぎでしょ、一海ちゃん…成海君はちゃんと自立した男の子なんだから」
「いくつになっても心配なのよ!成海は結構抜けてるところがあるから!」
「足立さん?って子が言うとおり、一海ちゃんマジお母さんじゃん!どうする?これから授業参観でもしておく?最後の記念にさせて貰おうよ。あ、俺がお父さん役ね」
「しないわよ!」
そして最後に、室橋先輩が空気を変える。
顔を覆いそうだった一海さんの顔から涙を消して、普段通りの彼女に戻す。
これが今、できるのは…彼しかいない。
「ただいまー…って、何そのにやけた顔」
「ううん。成海君、一海さんに愛されてるな〜って」
ちょうど話が終わったタイミングで成海君が戻ってくる。
隠し事をしているような顔ではない。
本当に、戻ってきたばかりらしい。
「過保護すぎだとは思うけどね…ま、それが一海ちゃんなんだけど」
「うん?」
戻ってきた彼は、状況がよく掴めずに首を傾げるだけ。
私達はそんな彼と、一海さんを交互に見上げ…自然と笑みを零すのだ。
◇◇
昼休みも終わりに近づき、姉さんと室橋先輩は残りの昼食を片手に一年の教室を出て行った。
流石にこれ以上はいられない。ほとぼりが冷めたら帰宅するらしい。
僕らもそれぞれの席に戻り、五時間目の準備を進める。
「…成海」
「どうした、祐平」
「さっきまでいたの、お前の姉ちゃん?」
「ああ」
「ネクタイの色からして三年だよな」
「そうだぞ」
「なんか、成海の姉ちゃんって分かるぐらいソックリだった」
「そっか」
似ていると言われるのは、素直に嬉しい。
…だけど、姉さんみたいに目立ちたいかと言われたら別だ。
「前髪切れば、似てる顔出てきそうなんだけどな」
「前髪なぁ…そろそろ切ろうとは思ってる」
「おう、切れ切れ。視界はっきり見えた方がいいぞ。そういう目隠し?系の前髪、視力悪くするからな」
「ああ」
祐平からの忠告を受けながら、今後の予定の中に「前髪を切る」というタスクを刻んでおく。
前髪程度だし、姉さんに切ってもらおうか。




