29:一海と浩樹の逃走劇
そんな話し合いが滞りなく行われ、昼休み。
今日は昼食を教室で取る面々が少ない。
「…今日、人少なくない?」
「ほら、三年生の最終登校日だからだろう?部活とかで世話になった人に挨拶に行っているんじゃないかな。明日は卒業式だし、今日ぐらいだろう?ゆっくり話せるの」
「ああ。そうだった…忘れてた。ありがと、成海氏」
美咲さんはぼんやりと呟きながら、疑問と共に昼食を口に運ぶ。
忘れるのも無理はない。浜波商業の卒業式、在校生は自由参加となる。
行かないと決めているなら卒業する三年生は無関係。興味も自然と薄くなる。
「成海君は卒業式行くの?」
「姉さんが出るし、今年は行くよ」
「そっか。私も行こうかな。一海さんとゆっくり話せる機会だろうし。皆は?」
「俺は行くよ。遠野さん同様一海ちゃんには世話になったからね。最後の門出ぐらいは見に行こうかなって」
「へぇ…成海は当然として、二人は成海の姉ちゃんが参加するから行くのか」
「なんだかんだで会ったことないけど、どんな人なの?」
僕が答えるより、新菜と陸が答えた方がいいだろうと目配せをしてみる。
二人は軽く考えて、それぞれ姉さんに対する考えを述べてくれた。
「凄く優しい人だよ。面倒見も凄く良くて、話しやすいかな。厄介事も若葉や美咲みたいに面倒くさがらず聞いてくれて…」
「凄く人使いが荒いブラコン」
「誰がブラコンかしら、陸?」
噂をしたらというのだろうか。うんざりとした面立ちの姉さんは新菜に抱きつく。
急すぎる登場に姉さんと会ったことがない三人は面食らっていた。
「一海さんだ〜」
「会いたかったわ新菜ちゃん」
「姉さん、なんで一年の教室に」
「少し隠れさせて頂戴…もう疲れたのよ」
「疲れたって」
「最後だから、記念で告白してくるのが多いの何の…」
「大変だね…あ、こういう時、室橋先輩が色々と手を回している印象なんだけど…」
「あいつもあいつで校舎内を逃げ回っているはずよ。この前のドラマ、あいつが原作してることバレたから、サインが欲しいだのなんだのと」
「「あぁ…」」
普段の奇行で忘れがちだが、あの人はあの人で実績がある小説家…なんだよな。
サインを求められるのも納得ではあるが、よく今までバレなかったなとは思う。
三年の教室に行ったときも、慕われているというよりは…遠巻きにされている印象だったし、本人も近寄らなかった様子だ。
彼に話かけていたのは、見涯生徒会長と姉さんぐらいだろう。
「学年主任が口を滑らせたんだ。幸いな事に自主登校期間に切り替わったし、逃げ切れたんだけど…あと二日頑張らなきゃ」
「…なんで二人揃って一年の教室に逃げ込んでくるんですか、室橋先輩」
姉さんの時も思ったのだが、さりげなく隣に陣取るのやめて欲しい。
室橋先輩は僕を影にするように座り込み、ゆっくり息を整える。
「成海君なら俺の事守ってくれるかなって思って。ご飯ちょーだい」
「うちの弟にそんな期待しないでくれる?あ、でも成海、私もご飯が欲しいかも。少しだけでいいから…」
…なるほど。二人とも想定外の時間まで逃げ回ってお腹を空かせているらしい。
「わかった。とりあえず購買行って適当に買ってくるから」
「ありがとう、成海」
「恩に着るよ成海君」
財布を片手に立ち上がり、陸に席を移動して貰う。
机の影に隠れているとはいえ、やっぱり人目につく。
二人がしっかり隠れるように、そこにいてもらおう。




