Praesens11:山積みのやるべき事に背を向けて
成海から謎の弁明文書が届いた。
何を言っているか分からなかったので、とりあえず「大丈夫だよ〜」と送っておいた。
考えるのが非常に怠い。
まだまだやらなければいけないことは沢山あるのに、非常に動きたくない。
それからしばらくして、新しいメッセージが来る。
支援者…ああ、話には聞いたことがあるかも。
かつてお義父さんが成海に課題形式で作品作りをさせたように、彼女が同じように成海の糧となれるような仕事を持ってきてくれていると。
会ったことはないけれど、写真を見せて貰ったことがある。
とても可愛らしい女の子だった。
そんな子が今から遊びに来る。
…荷物を片付けないと行けない。
掃除もしないとだよね。お茶菓子だって出して、おもてなししなくっちゃ。
成海がお世話になっているんだもの。ちゃんと、ちゃんとしなくっちゃ。
でも、どうにも身体が動かない。
けだるい。すごく。
「はぁ…」
引っ越し疲れが今頃出たのだろうか。
まあ、ここ最近忙しかったし…やっと気が抜けるタイミングが来たら、こうなってしまうのも仕方無いのかなぁ。
でも、まだ荷物とか片付け終えていないし。
いつまでも布団で寝るわけにも行かないし。新しいベッドでいい加減寝たいし。
組み立ては済んでいるし、マットレスも載せている。後はシーツを掛けて布団を置くだけ。
たったそれだけなのに、動けない。
「ただいま〜」
そうこうしているうちに、成海が帰宅したらしい。
出迎えないと行けないのは分かっているのに、身体が上手く動いてくれない。
だらけていたソファから起き上がろうとしている時に、私がいないことを不審がった成海がリビングにやってくる。
「新菜」
「…おかえり〜成海〜」
「具合悪い?何か凄く眠そうだけど」
「身体がなんだか重くてね〜」
「引っ越し疲れかな…」
「かも〜…」
「とりあえず、熱測って。ごめんね二人とも。今日…」
「いえいえ。急なお願いを聞いていただいたのはこちらです。奥さん、体調悪いんですか?」
「うん。熱があるかどうかは今確認しているところ。多分、引っ越し疲れかなって…」
「僕ら、もう少し待っていますよ。病院に行く必要があるのなら、うちが送迎します」
「でも…」
「今日も家の車で来ています。運転手は駐車場に待たせていますから、いつでも」
「体調が優れない時、大人であろうとも、子供であろうとも不安になるものです。移動や手続き等のお手伝いは私達でもできますので、貴方は側に」
「…ありがとう、彼方さん。冬夜君。その時は力を借りていいかな」
「「勿論です」」
どうやら、成海の支援者は本当に優しい子らしい。
支援対象である成海だけじゃなくて、私にもしっかり手を差し伸べてくれる。
彼女に早い段階で出会えて、成海としても幸運だろう。
「新菜、熱は?」
「熱は平熱より少し高いぐらいかな…微熱」
「…病院、行く?」
「行くほどじゃないと思うな。純粋に疲れが出たんだよ」
「そっか。少し待っていて」
成海は随分前から用意していた梱包された箱を片手に、玄関先へ戻っていく。
きっと、玄関先で待ってくれている二人へ報告に向かったのだ。
「微熱。疲れかもって」
「そうですか。では、今日はお暇しますね。また都合が良いときに遊びに来させてください」
「今度はアポイントをよろしくお願いします」
「そうですね。唐突なのは、やはり控えさせていただきます」
「それから冬夜君。これが例のもの。中学卒業と高校入学おめでとう。一つに纏めてごめんね」
「いえいえ。いただけるだけ十分です。ありがとうございます、成海さん。大事にしますね」
どうやらあの包みは、支援者さんと一緒にいる男の子にあげるものだったらしい。
そういえば、成海の話だと…その男の子にとって支援者さんが幼馴染にあたるんだよね。
で、男の子は支援者さんが大好き。
料理好きなのは、その子に食べさせたいが為と聞いている。
そんな性質の子だ。成海は弟のように感じていそうだし、向こうも同じように歳が離れたお兄ちゃん…なんて思ってくれていたらいいなぁ。
二人を見送った後、成海は玄関先の戸締まりを終え…リビングに戻ってくる。
「新菜、ベッドで寝る?」
「まだシーツ被せてないし…」
「それぐらいするからさ」
「ごめんね」
「謝ることなんてない。僕こそ任せきりで…」
「ううん。成海は十分過ぎるぐらい頑張っているんだから…むしろこれぐらいで疲れた私が…」
新しい環境というわけではないのに、むしろ落ち着く故郷に戻って来た気さえするのに。
成海をぎゅーっと抱きしめたって、疑問の答えは出るわけではないが…気分は落ち着く。
「…仕事、戻る?」
「姉さんに事情を話して、この後はあの二人の相手…と思っていたから。仕事自体は切り上げているんだ。でも、二人が早い段階で帰宅しているから不思議には思うだろう」
「連絡、しておかないとね」
「ああ」
二人は姉弟だけど、同時にビジネスパートナーなのだ。
ささっと手慣れたように連絡を終える。
わかっている。わかっているけれど。
仕事の関係も重要なのは理解しているけれど…。
連絡が終わったら、成海は一度部屋を出ていく。
それから数分後。
「…ベッドにシーツ被せ終わった。歩けそう?」
「んー…だっこ」
たまにはいいかなと考えてしまった。
わかっている。対人関係が広いのは良いことだとも。
仕事の関係で、連絡が多いのだって理解している。
だけど、二人の時だけは、私だけを見ていて欲しい。
「はいはい」
背中と膝下に腕を回し、ひょいっと抱き上げてくれる。
全く。いつからこんなに力強くなったんだか。
「ね、成海」
「んー?」
「…離れないで」
「わかってる。少なくとも、君が眠るまでは」
「眠っても側にいてよ」
「その間に、片付け終えていないところを片付けておこうかなって」
「…そっか」
「でも、うっかり寝ちゃったら…ごめん」
「いいよ。誰も寝ちゃったって、気にしないからさ」
揺られている間に、ベッドがある寝室へ。
抱き上げたまま階段とか登れるんだ〜と、感心する私をその上に置き、寝かせてくれる。
自分も横になり、眠たかったのか珍しく大あくびをしていた。
こういう彼の気の抜けた姿はなかなか見られない。
「…そういえば、成海」
「んー?」
「卒業祝いといえば、なんだけど…ずっと気になっていたことがあって」
「何?」
「私達が一年生の時、一海さんと浩樹さんの卒業式が終わった後、楠原家でやったお祝いに私も参加させて貰ったよね」
「ああ」
「あの二人、なんでブレザーどころかベストのボタンまで全損してたのかなって…」
「あー…あれは確か」
成海は思い出すように唸り始める。
かつてまだ私達が十五歳だったあの日の事を。




