26:善意の報酬
変な誤解をされる気配がしたので、急いで若葉さんと渉の元へ合流を果たす。
その場には着物姿の女性が立っている。
女性は僕を視界に入れた瞬間、柔らかい笑みを作って話かけてくれた。
「あら、貴方は初めましてさんね」
「ええっと…」
「渉の母です〜。息子がいつもお世話になっています」
「あ、渉の…。あ、そうだ。僕は楠原成海です。渉君にはいつもお世話になっております」
「貴方みたいな子だったら、渉がお世話されてそう…もしかして、放課後の勉強会でお世話をしているのも…」
「放課後?いえ、僕は何も…何かしているんですか?」
バツが悪そうに渉が目を逸らしている。
そういえば、保健室で若葉さんがぼそっと「減便していない」と言っていたな…。
もしかして、親には勉強会か何かをしていると伝え、実際は若葉さんとギリギリまで過ごしていたということだろうか。
なるほど。渉。僕は察したぞ。ここは任せてくれ。
「この子最近帰りが遅くって。バスで帰ってくるのよ」
「あー…もしかしたら、陸の方かもしれません。渉…君の成績、気にかけてよく面倒を見ているので」
「あらもう一人」
「三人でよくつるんでいるんですよ。面倒見がいいのは確かなんですけど、熱中しすぎて」
「なるほどねぇ…いつかお会いしたいわ。このバカ息子を平均以上まであげてくれたんだもの〜」
「そうですか〜」
陸、すまない。本当にすまない。僕は君がいないところで君を良いように利用してしまっている。
後で辻褄を合わせる嘘を吐かせるのも大変申し訳がない。
僕も僕だ。ここまでペラペラと嘘を並べられる人間だと思いたくなかった。穴があったら入りたい…。
「あ、渉…家まで運びましょうか?お母様一人では」
「大丈夫大丈夫。車で来たから。流石に敷地内は自力で歩かせるわ」
「と、いうわけだ。ここまでありがとな〜」
「いいって。明日は絶対病院に行くんだぞ渉」
「お前の病院行けは絶対聞き入れるって決めてるから、熱下がっても行ってやるわ」
「そうしてくれ」
渉のお母さんは先に車へ戻り、僕が支えて座席へ座らせる。
それを確認したら、若葉さんが荷物を彼に手渡した。
「あ、次の船は一時間後だから、帰りは遅くなるでしょう?これ、二人の船代と晩ご飯代。こんなことしかできないけれど、どこかで食べていって」
「「いえいえ流石に…お金は受け取れませんから」」
「こういうのは貰っておきなさい。高校生で船代往復二千円。決して安くないわ」
「でも…」
「若葉ちゃんと成海君の気持ちもわかるのよ。お金って、凄く受け取りにくいわ。特にこうして善意に対するお金であれば尚更ね」
「「…」」
「貴方達も気持ちも分かる。けれど同時に、貴方達の善意に対して、親としてお礼をしたい気持ちも分かって欲しいわ」
「…わかりました」
「こちらは、ありがたく使わせていただきます」
「よろしい。私こそありがとうね。高くない船代を払って、病人を運んでくれて。本来なら私達がすべきことを、貴方達がしてくれた。本当にありがとう。じゃあ、二人とも、風邪を…」
「すみません、もう少しだけ」
若葉さんが渡すのを確認したけれど、僕の方はまだだ。
渉にマカロンが入った箱を押しつけなければならない。
「すまない渉。これは僕からの義理だ。元気になったら食べてくれ」
「成海のまであるんだ。期待大だな…ありがと」
「すみません、引き留めてしまい…」
「いいのよいいのよ。それじゃあね、二人とも」
車の窓が閉まり、二人が乗った車は道の先へと消えていく。
それが見えなくなるまで、僕と若葉さんはターミナルの外へ見送った。
「…何渡したの?」
「マカロン。嘘吐いたお詫び」
「渉に嘘?」
「ああ。どんなお菓子が欲しいか聞き出す時に、作れないって嘘吐いたから」
「なんでそんな嘘…」
「嘘吐かなきゃ、手作りマカロン食べたいって言い出してたから…」
「最初っから成海にコントロールされてるじゃん…」
「まあ、そこは色々と…でも、渉が食べたいものって予め決まっていたからさ」
「何?」
「若葉さんの手作り菓子ならなんでもいいって」
「…バカじゃん。それで風邪引いてまで学校来て、私から菓子貰おうとか、本当にバカ」
顔を背けているけれど、彼女の耳元は赤め。
見えていないだけできっと、彼女の表情は晴れている。
「お兄さんお兄さんお兄さんお兄さん」
「何、冬月さん」
帰りの船の券をを購入した後、一息つこうと、ターミナルの中にある椅子へ腰掛ける。
それを見計らったように、冬月さんは声をかけてきてくれた。
「あ、こっち見てた幼女…」
「幼女じゃないですよ?」
「七歳は幼女だと思うな」
「え、七歳!?親は!?」
「親というか、保護者は外で飲んだくれてる」
「…え?」
「そんなことよりも、マカロン作れるんですか!?」
「あ、うん…あ、まだ余ったのあるよ。食べる?」
「食べます食べます!冬夜!マカロン食べましょ!」
「ん。彼方ちゃん」
「…冬夜君、かな。お父さんは?」
「お外でいびきかいて寝ちゃった」
「…後でターミナル内に運ぶね」
「ありがとうございます」
「マカロンは作れるし、お人好し…面白いお兄さんですね。名前、伺っても?」
「え、今聞く?楠原成海。高校一年生」
「なるほどなるほど。では、今後とも長い縁を紡いでいきましょう、成海お兄さん?」
七歳の少女は大人顔負けの妖しい笑みを浮かべ、スカートを翻しつつ…マカロンを口に含んでは、嬉しそうに頬を押さえつける。
どうやらお気に召してくれたらしい。
それから、彼女達の保護者である神父を背負い、高陽奈への帰路を辿る。
まだまだこの不思議なちびっ子達との旅は続くらしい。




