表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
19/213

19:一息ティータイム

店を出て、残りの時間はゆっくりしようとステラバックスにやってきた。

こちらもこちらで気にはなっていたのだが、なかなか足が向かわず…今日、初めて入店した。


「何飲む?」

「…何これ。呪文?」


カタカナばかりのメニュー表。早口言葉で述べてみろと言われたら、普通に噛みそうな程。慣れていない人からしたら、難解な呪文のような文字が並べられていた。


「もしかして、初めてなのかな」

「…お恥ずかしながら」

「気にしないで。ええっと、楠原君って、あの時もコーヒー飲んでいたよね」

「うん」

「それなら、オリジナルブレンドにしておく?」

「じゃあ、それにしようかな…。サイズは…なにこれ。ショート、トール、グランデ…。トールってどれぐらい?」

「Mサイズかな」

「じゃあ、オリジナルブレンドのトールサイズで注文したらいい感じ?」

「そうなるね。ばっちりだよ、楠原君」


「よかった…こういうところ全然来ないから。慣れている遠野さんが一緒だと安心だ」

「任せておいて。私、ステバマスターだから」

「じゃ、マスターに頼らせて貰おうと」

「ドドンとこい!」


店に溶け込む小声で、いつも通りに。

先程から続いていた気まずい空気を晴らすように、遠野さんは胸を叩いて「頼ってくれよ」と言わんばかりに笑みを浮かべていた。


「遠野さんは?何頼むの?」

「ストロベリーバニラフラペチーノ。カスタムで豆乳に変更。トッピングはイチゴジュレとチョコソースを追加で、トールサイズにして貰う予定〜」

「…なんて?」


商品名だけでも呪文なのに、それになにか付け足されていた。

追加トッピングだけ辛うじてわかった。商品名にも追加トッピングしないでくれ。ますます訳が分からなくなる。


「ええっとね。有料カスタムでトッピングの追加とか、牛乳を豆乳に変更とか出来るんだよ」

「へぇ…だから呪文に追加トッピングが施されて」

「商品名は呪文じゃないよ〜。それに、トッピングもしてないから〜」

「あ、いや。これは」

「楠原君、面白い表現するんだねぇ」

「そうかな…?」

「少なくとも商品名にトッピングした人は初めて見た」

「ぐぬぬ…」


遠野さんに揶揄われつつ、互いに注文をこなす。

ついでに期間限定のイチゴのムースとやらを遠野さんは注文をしていた。

つられて、僕はレモンケーキを頼んでいた。

商品を受け取った後、空いている席に腰掛けて、互いに向き合う。

こういう場ではちゃんと向き合うのが正しいのだが…なかなか直視できない。


正面から、遠野さんを捉える度に…綺麗な人だと思う。

硝子越しに見ていた時も感じていたが、やはり彼女は目を惹く。

他の人とは違って、何となく目で追ってしまう。

遠野さんには何か“特別”なことがあるのだろうか。

それは流石に、わからない。


「じゃ、早速〜」


フラペチーノのストローへ口をつけ、それを口に含む。

もの凄く甘そうだが…どんな味がするのだろうか。


「…気になる?」

「ま、まあ…凄く甘そうだなと」

「事実、凄く甘いよ?飲んでみる?」

「なっ…!?」


いつも通りというように、遠野さんは僕へストローの飲み口を向けてくる。

足立さんと吹上さんには、こういうノリで勧めているのだろう。

女友達で回し飲み。あり得る話だと思う。

けれど、この場では不味い気がする。


「あ…いや、流石に…」

「遠慮しなくていいよ?ぐびっと!」

「いや!それは、流石に、間接…」

「かんせつ…っ!?」


自分でやっと何をしていたか自覚したらしい。

遠野さんは差し出していたストローをゆっくりと下げた。


「ご、ごめん…若葉と美咲には、いつもこうしていて」

「何となく分かったから…とりあえず落ち着いて。僕は、気にしてないからさ」

「ん…」


遠野さんは最近、顔が真っ赤になることが多い。

風邪ではないだろう。

なんせ、彼女が真っ赤になるのはいつも…僕との会話中だから。

それ以外の時は、普通の遠野さんだ。

僕の行動一つで、彼女は狼狽える。

…そうならないように心がけたいけれど、なかなか難しい。


「ごめんね、楠原君…デリカシーなかったよね」

「いや、大丈夫だよ。普段はそうしているんだなって思ったぐらいだから」

「そ、そっか…今後は、気をつけるから」

「僕も気をつけるよ」

「何を?」

「あ、いや…いつも遠野さんが照れたり、狼狽える言動をしてる僕も悪いのかなと思って。そうならないように気をつけたいなと」


「…そんなことしなくていいよ。楠原君は普段通りにいて欲しいな」

「そう?」

「うん。できればね、口調とかも気を遣わなくていいよ。家族とか、鷹峰君といる時みたいな感じで、いいから…」

「でも、結構粗めで」

「それがいいの。普段の楠原君が、いいんだよ…?」


これ以上真っ赤になることがないと踏んだのか、ドリンクで顔を隠しつつ遠野さんがある提案をしてくる。

“真っ赤”であることは、顔を覆い隠そうとも明らかで、つい笑みが零れてしまいそうになるのだが…ここで笑ったらいけない気がする。

普段通りでいい。そう言って貰えることに内心心地よさを覚えつつ、改めて、彼女に向き合った。


「じゃあ、今後はそうさせてもらう」

「その方が私もいいと思う…って、楠原君。声もワントーン上げてた?」

「意識して言葉遣いを正そうとしたら、自然と…」

「じゃあ、尚更普段通りの方がいいよ。喉にも負担を与えないよ。低い声の楠原君も…いいと思うよ」

「…そ、そう」


甘すぎる雰囲気から逃げるように、コーヒーを口に含む。

ブラックを頼んだはずなのに、そのコーヒーは味がしなくって。

窓をふと眺めたら、自分の顔も複雑そうにしかめられていた。

自分も少し様子がおかしいことを、その瞬間に自覚することが出来た。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ