19:一息ティータイム
店を出て、残りの時間はゆっくりしようとステラバックスにやってきた。
こちらもこちらで気にはなっていたのだが、なかなか足が向かわず…今日、初めて入店した。
「何飲む?」
「…何これ。呪文?」
カタカナばかりのメニュー表。早口言葉で述べてみろと言われたら、普通に噛みそうな程。慣れていない人からしたら、難解な呪文のような文字が並べられていた。
「もしかして、初めてなのかな」
「…お恥ずかしながら」
「気にしないで。ええっと、楠原君って、あの時もコーヒー飲んでいたよね」
「うん」
「それなら、オリジナルブレンドにしておく?」
「じゃあ、それにしようかな…。サイズは…なにこれ。ショート、トール、グランデ…。トールってどれぐらい?」
「Mサイズかな」
「じゃあ、オリジナルブレンドのトールサイズで注文したらいい感じ?」
「そうなるね。ばっちりだよ、楠原君」
「よかった…こういうところ全然来ないから。慣れている遠野さんが一緒だと安心だ」
「任せておいて。私、ステバマスターだから」
「じゃ、マスターに頼らせて貰おうと」
「ドドンとこい!」
店に溶け込む小声で、いつも通りに。
先程から続いていた気まずい空気を晴らすように、遠野さんは胸を叩いて「頼ってくれよ」と言わんばかりに笑みを浮かべていた。
「遠野さんは?何頼むの?」
「ストロベリーバニラフラペチーノ。カスタムで豆乳に変更。トッピングはイチゴジュレとチョコソースを追加で、トールサイズにして貰う予定〜」
「…なんて?」
商品名だけでも呪文なのに、それになにか付け足されていた。
追加トッピングだけ辛うじてわかった。商品名にも追加トッピングしないでくれ。ますます訳が分からなくなる。
「ええっとね。有料カスタムでトッピングの追加とか、牛乳を豆乳に変更とか出来るんだよ」
「へぇ…だから呪文に追加トッピングが施されて」
「商品名は呪文じゃないよ〜。それに、トッピングもしてないから〜」
「あ、いや。これは」
「楠原君、面白い表現するんだねぇ」
「そうかな…?」
「少なくとも商品名にトッピングした人は初めて見た」
「ぐぬぬ…」
遠野さんに揶揄われつつ、互いに注文をこなす。
ついでに期間限定のイチゴのムースとやらを遠野さんは注文をしていた。
つられて、僕はレモンケーキを頼んでいた。
商品を受け取った後、空いている席に腰掛けて、互いに向き合う。
こういう場ではちゃんと向き合うのが正しいのだが…なかなか直視できない。
正面から、遠野さんを捉える度に…綺麗な人だと思う。
硝子越しに見ていた時も感じていたが、やはり彼女は目を惹く。
他の人とは違って、何となく目で追ってしまう。
遠野さんには何か“特別”なことがあるのだろうか。
それは流石に、わからない。
「じゃ、早速〜」
フラペチーノのストローへ口をつけ、それを口に含む。
もの凄く甘そうだが…どんな味がするのだろうか。
「…気になる?」
「ま、まあ…凄く甘そうだなと」
「事実、凄く甘いよ?飲んでみる?」
「なっ…!?」
いつも通りというように、遠野さんは僕へストローの飲み口を向けてくる。
足立さんと吹上さんには、こういうノリで勧めているのだろう。
女友達で回し飲み。あり得る話だと思う。
けれど、この場では不味い気がする。
「あ…いや、流石に…」
「遠慮しなくていいよ?ぐびっと!」
「いや!それは、流石に、間接…」
「かんせつ…っ!?」
自分でやっと何をしていたか自覚したらしい。
遠野さんは差し出していたストローをゆっくりと下げた。
「ご、ごめん…若葉と美咲には、いつもこうしていて」
「何となく分かったから…とりあえず落ち着いて。僕は、気にしてないからさ」
「ん…」
遠野さんは最近、顔が真っ赤になることが多い。
風邪ではないだろう。
なんせ、彼女が真っ赤になるのはいつも…僕との会話中だから。
それ以外の時は、普通の遠野さんだ。
僕の行動一つで、彼女は狼狽える。
…そうならないように心がけたいけれど、なかなか難しい。
「ごめんね、楠原君…デリカシーなかったよね」
「いや、大丈夫だよ。普段はそうしているんだなって思ったぐらいだから」
「そ、そっか…今後は、気をつけるから」
「僕も気をつけるよ」
「何を?」
「あ、いや…いつも遠野さんが照れたり、狼狽える言動をしてる僕も悪いのかなと思って。そうならないように気をつけたいなと」
「…そんなことしなくていいよ。楠原君は普段通りにいて欲しいな」
「そう?」
「うん。できればね、口調とかも気を遣わなくていいよ。家族とか、鷹峰君といる時みたいな感じで、いいから…」
「でも、結構粗めで」
「それがいいの。普段の楠原君が、いいんだよ…?」
これ以上真っ赤になることがないと踏んだのか、ドリンクで顔を隠しつつ遠野さんがある提案をしてくる。
“真っ赤”であることは、顔を覆い隠そうとも明らかで、つい笑みが零れてしまいそうになるのだが…ここで笑ったらいけない気がする。
普段通りでいい。そう言って貰えることに内心心地よさを覚えつつ、改めて、彼女に向き合った。
「じゃあ、今後はそうさせてもらう」
「その方が私もいいと思う…って、楠原君。声もワントーン上げてた?」
「意識して言葉遣いを正そうとしたら、自然と…」
「じゃあ、尚更普段通りの方がいいよ。喉にも負担を与えないよ。低い声の楠原君も…いいと思うよ」
「…そ、そう」
甘すぎる雰囲気から逃げるように、コーヒーを口に含む。
ブラックを頼んだはずなのに、そのコーヒーは味がしなくって。
窓をふと眺めたら、自分の顔も複雑そうにしかめられていた。
自分も少し様子がおかしいことを、その瞬間に自覚することが出来た。




