24:天島ターミナル
船内に、天島へ到着した旨のアナウンスが響く。
他の乗客がぞろぞろと降りる中、僕らは彼らの移動を待ってから移動を開始する。
「船酔いとかしなかったか?」
「…大丈夫。ほぼ毎日乗ってんだぞ」
「そっか」
薬が効いているおかげか、軽口も言えるようになったらしい。
表情も柔らかくなっている。
しかし、なんだかんだでもう天島に着いてしまったな。
…このままだと、若葉さんがなぁ。
流石に僕がいると気まずいだろう。
うん。渉には悪いが、少し待って貰おう。
「渉」
「なんだー」
「お花摘みに行ってくる」
「急にメルヘンするなよ。てかこの辺に花なんて…」
「トイレ行くって暗に言っただけだけじゃん」
「え」
頭がお花畑になっていたことを若葉さんに指摘される渉を背に、お手洗いに…行くフリをして物陰から様子を伺う。
若葉さんは僕の行先をじっと見て、お手洗いではないことにすぐ勘づいていた。
「…」
「…成海め」
ハンドサインで、必死に「ごー」と合図をかける。
そんなことをしていた僕の肩を、誰かが叩く。
顔は真っ赤。酒瓶を握りしめているが…服装は厳粛。
…神父が、こんなところで何を?
「何やってんだ、兄ちゃん」
「あ、いや…友達の」
「なるほどなるほど…二人きりという意気な計らいね…おじさん理解しちゃったよ…」
「…神父さんは、何を?」
「あ、俺が神父って分かっちゃう?」
「いえ服装が」
「やっぱ神々しいオーラとか出てんのかな〜」
「何言ってるのよ、弘樹。寝言は酒瓶手放してからいいなさい」
「何言ってるのさ、義父さん…」
おそらく先程の船で一緒だった乗客だろう。
腰まである白銀の髪を靡かせた少女と、正装を着込んだ少年。
二人は同じような呆れた顔を浮かべつつ、それぞれ少女が神父の腹を、少年が顎に一発ずつ入れていた。
「…手伝いに出かけた先で「出来上がった」と聞いて!彼方ちゃんに頼み込んで、仕事を切り上げさせて貰って!こうして迎えに来たけれども!ここまで出来上がっているとは思って無かった!」
「すまんてとうや〜!」
「…ごめんなさい。お騒がせして」
「あ、いえ…大変ですね。弟さんですか?」
「いいえ。友達です」
「そう…」
「で、あそこの飲んだくれ神父はあの子のお父さん。血は繋がっていませんがね」
「へぇ…」
神父に馬乗りした後、必死にビンタを続ける男の子。
彼女が止めない辺り、多分…日常風景、なのだろうか。
「ところで、君は」
「冬月彼方。しがない女子小学生です」
「はぁ…」
「しがない、ですからね?」
妙にしがない部分を強調するが、親に連れられず、こうして弟分を連れて船に乗るような小さい女の子がしがない立ち位置な訳がない。
しかし、これを深堀するのは良いことではないだろう。
黙ってしがない女の子と様子を伺う。
「…僕の事は聞かないのか?」
「後で考えます」
「左様で」
「で、お兄さんは何をしていたんですか?」
「向こうに同じ制服を着た男女がいるだろう?」
「ですね」
「…僕の友達でね。互いに両片思いなんだよ」
「あらあら」
「今日はバレンタインだろう?女の子の方はお菓子を作ってきているんだけど、渡すタイミングがね」
「なるほどなるほど。邪魔者は退散して、様子を伺っていると言ったところですね」
「そんな感じ」
僕以上に前のめりになり、物陰から様子を伺う冬月さん。
…凄く、わくわくしている?
「君みたいな立ち位置の子でも、こういうの興味あるの?」
「なにおう。私とて年頃です」
「七歳ぐらいに見えるんだけど…」
「事実七歳ですが、何歳でも興味ぐらいはあります。将来への参考だって集めても良いではありませんか」
「へぇ…」
お嬢様も恋愛事に興味があるらしい。
というか、この顔は既に…。
「…意中の子でもいるの?」
「なんでわかるんですか!?」
「マジか…どんな子?」
「…ビンタが得意な子」
「それは…大変そうだね」
背後で神父の頬を叩き続ける男の子の背を一瞥した後、僕らは再び若葉さんと渉の様子を伺う。
それに気がついたのだろう。若葉さんがジトッとした目線で僕らの方に目を向けていた。
目が合った瞬間、僕と冬月さんは同時に壁側へスライドし、身を隠したのは言うまでもない。




