23:天島と高島、そして鈴海
船の中、時折渉の様子を伺いながら船に揺られる。
「渉。死人みたいな顔してんな!」
「私達の方が先にすることになると思ったのにねぇ」
「あら、貴方達渉ちゃんの友達?おみかんあげるわ」
「あ、ありがとうございます…」
「ど、どうも…」
渉が住んでいる天島という小さな島は、高陽奈に最も近い離島。
こうして住民同士が互いに名前を知っているような島。
年々過疎が進んでいる。人口の比率も老年世代が圧倒的。
学校も最寄りにないから、子供達はバスや船を使って高陽奈方面に通学しているらしい。
新聞で見たのだが、もうすぐ隣接する高島と合併する予定だそうだ。
天島はかつての名である亜麻島の名称を復活。亜麻高島と名前を改め、リゾート地として開発が予定されている。
「そういえば、成海。何か船に乗る前…」
「あ、いや…あの島の子が」
「鈴海の子?やっぱり、本土に住んでいると、そんな反応するわよねぇ」
そんな天島と高島から更に北へ進んだ先にある小さな島。
かつては鈴鳴島と呼ばれたその島の周辺を人工地が囲み、発展した「鈴海」
…物語の様に、魔法や超能力が存在している「特殊隔離区域」が存在している。
「まあ、近隣の私達もあまり関わりたくはないというか…」
「ねぇ…この前の八月だって」
噂話をしている老人達は老人の輪を作り、若者達は蚊帳の外。
そんな光景を見ながら、渉は目を伏せる。
「…港にいたチビはマシな部類だよ。うちの客も何度か世話になってる」
「そうなの?」
「ああ…天島の海水浴場近くに昔、災害か何かでまるごと沈んだ社があるんだ…その周辺はよく水難事故が起きるスポットでな…」
「あ、バイト中もよく聞いたかも…」
「へ、へぇ…」
…社周辺の水難事故とか、なんかその、なんだ。
なんかやだ。こういう話!
それでも渉は話をやめない。若葉さんも止めない。
僕だけが、苦虫をかみつぶしたような表情で聞く羽目になる。
「そういうのって、一般人じゃ対処できねぇから。救助依頼とか、鈴海の面々にしてるって訳。特にあの港にいたチビはよく一人で仕事をしに来てくれたよ。「羽持ち」とかいう凄腕らしい」
「…あんな小さいのに」
「自分で食い扶持と母親の治療費稼いでんだと。弟にならないかって提案したんだけど、断られたわ」
「よ、よく誘えるな…」
「親は嫌がったから、俺が言ったところで何も変わんないけどさ」
悔しそうに、両手に力を込める。
窓の外には、同時刻に出発した船。
その船舶の上には、先程の真っ黒い子が腰掛けていた。
「…でも、凄腕だろうが、チビはチビ。ただのガキ。あんな危険な仕事しないで、穏やかに暮らせてやりたいだろ」
「…優しいじゃん」
「出来もしない優しさは、本当に「優しい」のかな。若葉」
「そう考えられるだけでも、十分優しいんだよ」
「…」
照れか疲れか、渉はそっぽを向いて、顔を俯かせる。
これ以上話す気は無いらしい。
そして若葉さんは、僕に矛先を向けてくる。
「成海なんて泡吹いてるし」
「え」
流石の渉も僕の方へ視線を向けてくる。
「…泡までは吹いていない」
「でも、顔が青い。なんで?」
「…笑わない?」
「笑わないから」
「新菜に、言わない?」
「なんだよその前置き。言ってみ?」
若葉さんと渉から促され、僕は淡々と口を開く。
「非科学的なこと、全部苦手なんだ」
「おばけとか」
「…怖い」
「鈴海関係」
「小説なら受け入れられるが、現実は無理だ!怖い!」
「これ新菜にチクらないといけないやつでしょ」
「やめてくれ」
「新菜喜ぶぞ」
「新菜は人の苦手なものを知って喜ぶような人ではないぞ」
「それはそうだけど…この件に関してはどうかな?」
「…若葉と同意見」
「なんで、そんなこと…」
「私と美咲ってさ、新菜が怖いもの知っているんだよね。成海もでしょ?」
「…ああ」
それが何を指しているのか分かっている。
だからこそ、僕はできる限り彼女を完全に一人の環境には連れて行かない。
若葉さんも美咲さんも、同じ。
「好きな人の弱みを、自分が補えたらいいなって思ったりするじゃん」
「そうだね。否定はしない」
「新菜は弱み見せてる分、考えたりしないかな。成海君って弱みあるのかな〜って」
「すでに見せてるけど…流血系とか」
「それだけ?」
「…」
「おばけとか苦手な事、新菜に言ってないじゃん」
「まあ…」
「新菜にも隠しているってことは、自分の弱みを見せて強く見せたい気持ち?」
「さあ、どうだろう。そこまでは考えてないな」
「でも、私なら…弱いところちゃんと見せて欲しい、かなって」
「…」
僕に語っているのに、彼女の視線は常に斜め。
渉も窓を見ているから、その視線には気がつかない。気がついていても、気付いていないフリをしているだけなのか。流石にそこまでは分からない。
ただ、一つ分かることがあるのなら…若葉さんは僕に対する言葉をぶつけてくれているけれど、厳密にそれは僕への言葉ではない。
僕という壁に語りかけ、本命に聞かせている。
「無理とかする前に、ちゃんと頼って欲しいなって…思うから」
「…なるほど。参考になるよ」
「あ、いや…恋愛経験が微塵もない人間から、こんな理想論言われて成海としては」
「迷惑ではないな。僕らを間近で見ていた人達の言葉だから」
「…そ」
「僕からも、少し厳しめにいい?」
「どうぞ」
「僕に「壁打ち」したって、意味は無い」
それを聞いた若葉さんは、不機嫌そうに目を細めて…反対側の通路へ視線を向ける。
高陽奈と天島を繋ぐ大橋を見上げられたということは、そろそろ天島に到着するらしい。
若葉さんの鞄を軽く小突き、そこにあるものを示しながら下船準備を初めて行く。
彼女は降りるまで、無言で鞄を抱きしめ続けていた。




