21:白昼に嘘を並べて
時は少し戻って昼休み。
鞄の中に忍ばせていた「あれ」を渡すため、渉の帰りを待っていたが…なかなかに帰ってこない。
「成海君、唐揚げ…食べたい」
「え。いいけど、これは冷凍食品だぞ、新菜」
「え」
「…食べたいなら、あげるけど」
「成海君の手作りと既製品の違いすら分からないなんて…一生の不覚…!食べる!」
「はーい」
「…どこのメーカー?」
「猪紀フーズ」
「どこにでもでてくるな…あ、冷めても美味しい」
「唐揚げは揚げたても良いけど、やっぱり冷めても美味しいってところが重要だと思うよ…」
僕と新菜が昼ご飯を食べる中、隣の席では…。
「ざわざわデスクのクレヨン君。これにて終幕…」
「今まで何をしていたんだ君は…」
「寸劇。暇だったから」
「親御さん泣くぞ。この前一時的に帰宅したんだろう」
「うん。適当に会話して適当に過ごして帰ってきた。成績さえ保っていれば、文句言わないから今後ともお前にお世話になれと」
「報酬寄越せって言っておいてくれる?」
「おっ、汚い」
「人をタダ働きさせるとか普通あり得ないからね、君のご両親。まあ元々あり得ないけど」
「そういうと思って、買ってある。ペッキー一袋ね」
「せめて一箱くれない?」
「私も食べたいからダメ」
「二箱買えばいいだろ」
「そこまでのお小遣いない」
「…仕方無いか」
美咲さんから報酬として手渡されたペッキーの袋を開けて、それを軽く摘まむ。
珍しい。陸がチョコレートを食べるなんて。
チョコレートを食べると、鼻血が出やすくなるらしい。
そのため、彼は滅多に食べないのだが…。
今日は珍しく食べている。
今日という空気がそうさせているのだろうか。本当に珍しい。
———陸が普段と違う行動をしている時は、大体やましいことがある時なんだが…何か隠しているな?
何を隠しているんだか。
「成海氏、新菜。後でマカデミナッツ食べよ〜」
「小遣いあるじゃないか!僕にはやっすい菓子で!自分はお高い奴!」
「三人でシェアだから実食量と単価を計算したときペッキー一袋の方が上だと思う」
「なんだそのガバガバ計算はぁ!」
「がばがばじゃないし」
「お前の中ではな!」
「その言葉、そっくりそのままお返ししてやるぜ…」
「おっ、やんのか?」
「やんのかやんのか…?」
そう言いながら二人は懐から茶封筒を取り出す。
その中には、夏場に作ったお手製面子が入っている。
「二人共。教室で面子バトル始めるなよ。てかなんで持ち歩いているんだ」
「「いつでも決闘出来るように!」」
「もうどうにでもなれ…」
教室の隅で小学生みたいにはしゃぎにかかる二人を背に、僕らは食事を続けていく。
いつもより食事のペーズが遅いのは、話をしている以上に…気がかりな事があるから。
「…ただいま」
「おかえり、若葉さん。どうだった?」
「どこにもいない。昼休み始まってからずっといないから、購買とか色々見て回ったんだけど…」
「荷物はあるし、帰ってはいないと思うんだが…」
「そうなんだよね…」
「とりあえず、教室で待ってなよ。若葉。渉君、すぐに戻ってくるよ」
「ん…」
昼休みが始まった瞬間から、渉の姿は教室にない。
元々購買組。てっきり昼ご飯を買いに行ったかと思いきや、戻ることはなかった。
「…今朝から風邪気味だったし、心配でさ」
「酷くなければ良いんだが…」
「そういえば、四時間目が始まる前…鷹峰君が渡る君に何か話してたけど」
「そうなの?」
「うん。私、今日は日直で黒板消してたからさ、あんまりよく聞き取れなかったんだけど…」
「陸〜」
「何、成海」
「渉、何かあったのか?」
「にゃにもにゃい」
「うそこけ」
「うそついてにゃい」
「鷹峰、猫の日はまだ早いしお前がしても普通にきしょいから、もう恥を晒すのはやめろ…」
「恥を晒してなんかいない!」
「…隠し事があるとき、陸は凄く滑舌が悪くなるよな…」
「そんらことにゃい…」
「陸、隠せてないから…。隠したいなら喋らない方が」
「足立さんの言うとおり、そうするべきだと分かっていても成海の質問には絶対答えたい欲が勝るの!」
「これが成海君大好き人間の末路か…私も将来こうなるのかな」
「余計な心配をしなくていいんだよ…」
「陸、渉の居場所知ってるな…?」
改めて問いかける。
そこで陸はやっと観念したように目を伏せて、知っていることを教えてくれた。
「…知ってる」
「どこにいる」
「…保健室。戻ってこないってことは、無事に寝られたんだと思う」
「今朝から体調不良だったが…」
「顔、真っ白だったからね…行くように促した。熱も多分あるよ。目の焦点合ってなかったし…」
「なんで…」
「それは、その…」
「陸」
一瞬、彼は若葉さんを一瞥する。
ここで口淀むということは、そういうことなのだろう。
「…渉の、名誉もあるから」
「…わかった。ここは詳しく聞かない。早退の連絡がないってことは」
「帰っていないと思う。上手くやったんじゃない…?」
「上手くって?」
「…帰りたくないって言うから、多少のインチキを吹き込んだんだよ」
「陸さぁ…相手は体調不良者だぞ…」
「わかってるさ。わかっているけれど…あんな意志見せつけられたら、多少は協力を」
「体調不良者だぞ…?」
「ひっ」
今日じゃないといけない理由は分かっている。
焦る気持ちも、求める気持ちも分かっている。
知っているからこそ、寄り添いたい気持ちは分かるけれど。
分かる、けれど————!
◇◇
「…無理してまでやることじゃないだろ」
「…発作起きてない?」
「心配ありがとう。正直過呼吸寸前だ…息が荒いだろう…」
「なんかすまん…」
浅い息を繰り返す。何度も止まりそうになる呼吸を必死に続け、寝そべる渉に声をかけ続けた。
「いいんだ。とりあえず、帰れそうか?」
「おー…」
「…帰りは僕が送るよ。一人で帰らせたら倒れそうだ」
「でも、交通費」
「それぐらい気にするな。調べたらいつもの時間の船が良さそうだが、船は平気か?」
「四十分ぐらいだし、なんとか耐えられるさ…」
ふと、空気が変わった感覚を覚えた。
背後にいる若葉さんが、目を見開いて口元に手を当てていた。
小さな声で「…減便してないじゃん」と呟いた彼女がうっすらと話した手元の裏は、間近にいた僕以外には見えていなかったらしい。
———少しだけ口角が上がっていたのを知るのは、僕一人。




