20:森園渉の長い一日
だるい。
親父とお袋どころか従業員の皆からも「今日は顔色が悪いから休んだ方がいい」と言われた。
「渉、本当に学校行くの?」
「今日は休んだらどうだ。顔白いぞ…」
痛む頭は薬でどうにかしよう。
でも効くまで時間がかかる。
いつも以上に着込んで、宿の正面玄関に。
なんで自宅と民宿の玄関一緒にしてんのかね、この家は…。
それになんで親父が経営する民宿と爺ちゃんが経営している旅館、隣同士で作ってくれてんのかね。
おかげでお客様と鉢合わせ。閑散期でも少なからず宿泊客は存在している。
従業員に毎度毎度客みたいに見送られるの、恥ずかしいったらありゃしないんだよ。
特にこういう体調不良が目立つ日は…嫌でも周囲の目に入る。
皆はダメだダメだと言って引き留めようとするが、今日だけは休めないのだ。
休んだって誰も咎めることはないだろう。
むしろ来たことに怒られるとは思う。成海は特に怒りそうだ。
でも、そんな彼に怒られてでも…俺は———。
「いや、今日は…流石に行かねぇと」
「坊ちゃん、その体調で船に乗るのは流石に…」
「大丈夫だって…」
「じゃあ、いつもの船で帰ってくるのよ?最近バス通学にしてるけど、やっぱり負担なのよ…」
「んなことねぇって…」
「渉。帰りの時間遅らせて、何してんだ」
「…勉強教えて貰ってんだよ。ほら、二学期の期末、成績良かっただろ。俺の友達、頭良いからさ。んじゃ、行ってくる」
「…気をつけてね」
「ん」
心配そうなお袋に見送られ、ターミナルへ向かう。
船で行こうと思ったが、この体調で船なんて乗れるわけがない。
まだ、時間はかかるがバスの方が良さそうだ。
少し遅れることを覚悟して、バスの中に乗り込む。
始発だから少しは眠れるだろう。
…少しでも、体調が改善してくれたら良いのだが。
◇◇
学校に登校しても、体調は改善するどころかむしろ悪化していた。
授業中は基本的に寝て過ごす。
前列だが、割と教師の視界には入らないらしい。
熱心に耳を傾ける陸とか、真面目に授業を聞いている新菜とかがいるし、平々凡々よりはそちらの方に目を向けるだろう。
それに俺の方に目を向けたとしても、俺より不真面目な美咲が標的にされると思う。
こいつなんで前列で教科書立てて、その後ろで文房具寸劇してるわけ?
風邪で休んだ平日九時ぐらいにやってそうな人形劇みたいなクオリティ出すんじゃねえよ。見入るだろうが。
あ…色々考えていたら頭また痛くなってきた。
身体も怠いし、本格的にダメかもな、これ・・・。
「渉」
「なんだー…陸」
「なんでその体調で学校来てんの?風邪ばらまきにでも来た?」
「そんなことは…」
「顔真っ白だよ。今熱何度あるの」
「お前の頭ほどじゃねえよ…熱は知らん」
「生来の銀髪なんだけど?…まあいいや。そんな体調で授業どころじゃないだろう。それに、その体調不良っぷり、インフルとかだったらどうするわけ?保健室で熱測って、早退でもしたら?絶対出来るから」
「熱測ったら、多分親に連絡されて早退になるから、嫌だ」
「帰れって言ってんだよ。聞き分けがないな」
「…帰ったら、貰えねぇじゃん」
「成海達の義理はもう貰っただろう?」
「期待してるのが、まだある」
「…」
「貰えるか、貰えないかもわからないけど・・・自惚れでもいいから、待っていたいんだよ」
「そんな博打目当てで、体調不良の身体を引きずって登校?馬鹿も休み休みにしなよ。全く…」
「すまん」
「別に俺に謝んないでくれる?ま、羨ましくはあるけど」
「…なして」
こいつが俺に羨む要素なんてないだろう。
何を考えている。
「・・・好きな人から貰えるかも〜。なんて期待ができるだけ青春出来てるよ。俺なんて名前すら知らない、今日初めて喋った女子からチョコ貰うし」
「自慢・・・っていうより、むしろ恐怖だなそれ・・・」
「だろう?君は羨ましいね。でも、今の体調じゃそれは上手く出来ないね〜」
「・・・」
皮肉というか、どこまでも口と性格が悪いというか。
ちょっと考えるだけで頭が痛い。こいつの相手なんざ、している場合じゃないな。回復に…。
「…熱、脇じゃなくて二の腕辺りで測れば?」
「…」
「保健室の先生が全生徒の平熱なんて把握しているわけがない。「頭痛いからベッドで寝かせてくれ」とか行って、先にベッドに滑り込め。自分の平熱ぐらいわかるだろう?それを一発で出して、寝ながら渡せ。それなら平熱で頭が痛いだけの生徒になるだろ」
「…お前天才か」
「体調不良でも成海の過去に根付いた発作は出る時がある」
「…マジか」
「入院するようなものじゃなければそう簡単にはでないけどね。まあ、そういう事情があるから、こういうことには協力したくない。今回は仕方無くだ。今日だけは、ごまかしに付き合ってやる」
「…陸」
「さっさと行って寝ろ。放課後までにはそこそこマシぐらいに体調戻せば、目的も果たされるだろうさ。多分」
「…じゃ、そうする。ありがとな」
「俺は礼を言われることはしていない。むしろ成海にバレたら怒られるというのに…」
お前的には、やっぱり成海からの心象のほうが心配らしい。
相変わらず幼馴染と親友の方ばかり向いて、俺にはそっぽを向いた陸の助言通りにやり過ごし、俺は無事に放課後まで保健室で寝過ごすことに成功した。
二の腕で測っても、まさかの微熱判定だった。悔しい。
顔も白すぎるらしい。結局、陸の策略通りには行かず…俺は早退を促されることになった。
先生からは「家に電話して迎えに来て貰う?」と聞かれたが「仕事が忙しいので、放課後になったら一人で帰ります」と…ギリギリまで寝かせて貰うことには成功した。
体調は良くなっていないが…まあ、帰るまでの体力はある。
六時間目のチャイムが鳴る。
周囲が少し騒がしくなり、本格的に放課後が始まった気配が廊下から押し寄せた。
先生が「鞄取りに行くからね」と声かけをして、保健室を出ようとすると…。
「あら、貴方達は一年の…ひっ!?」
「一年四組の楠原です。森園君の荷物を持ってきました。なんなら最寄りまで送ろうかと」
「…こればかりはすまん」
「成海君、顔。顔。見せられない事になってる」
「これ怒ってる奴だよね、若葉」
「…絶対怒ってるわ」
いつもの面子が荷物を持って保健室に来てくれたらしい。
恐怖で引きつった美咲と、中央から目を逸らす若葉。
申し訳なさそうにこちらに謝る陸と、先生すらビビった顔を浮かべる男を必死に諫める新菜。
「やあ、渉。体調はいかが?」
「…肝が少々寒いな」
体調不良の件で色々言いたいことがあるのだろう。
いつもは朗らかに笑っている気さえするのに、今日は凍てついた無表情。
保健室の入口の前で、獄卒が立っていた。




