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19:お母さんの慈悲

教室に入った瞬間、いつもより重苦しい空気を感じる。

甘ったるいとかそういうものではなく、普通に重い。


「なるみしー。にいなー。おはよー」

「おはよう、美咲さん。どうしたんだ、この空気」

「知らない。私が来た時にはもうこれ。地獄の奥底にいるような気分・・・」

「そっか・・・。あ、美咲。これ」


新菜が持っていた手提げから、義理で配るお菓子を出そうとすると・・・美咲さんの背後に何故か男子の列が形成される。

綺麗な一列だ。こんな綺麗な一列・・・体育の授業中。集団行動の練習中にも見たことがない。


「・・・ど、どうしたの?」

「・・・なんで?」

「特に意味は無い。さ、遠野さん」

「吹上さんに・・・」

「う、うん・・・そのつもりだし、クラスの皆分で作ってきてるから・・・その」


「新菜の分は僕の分と一緒に配ろう。美咲さんに渡したら、それ僕に全部渡して」

「ありがとう」


美咲さんにお菓子が手渡されてから、新菜は僕に手提げを預ける。

列を引き受けて、後は僕が一人一人に自分の分を含めて手渡していく。


「成海お母さんありがとう」

「お母さんじゃないけど、どういたしまして」

「おかん、過保護が過ぎまっせ」

「そんなことはない」

「ちょっとぐらい幸せのお裾分けしてくれてもいいじゃないか、マザー」

「分けているじゃないか。これで勘弁してくれ」


「バレンタインの日、ママは女子から手渡しで貰う幸福さえお母さんは奪うのか・・・?」

「僕の分を含めて二つ貰えているのに贅沢を言うか・・・」

「でもお袋男じゃん・・・男から義理貰っても」

「じゃあやらん」

「すみませんでした。ください。お母様」

「だからお母さんじゃありませんってば」


人を母親呼ばわりする男子共に菓子を配布していく。

こんな光景が繰り広げられていると親御さんに知られてみろ。実母の皆さん泣くぞ。


時折、僕の手を自分の両手で挟み、名残惜しそうに触れる輩が数人見受けられた。

・・・新菜にもする気だったんじゃないだろうな。

とりあえず、男子の分は来ていない面々のみ残して配り終えた。

女子の分は逆に僕の分も新菜に預けて、配布を行って貰った。


「新菜だけじゃなくて、母さんも本当にいいの?」

「うん。口に合うかわからないけれど・・・よかったら」

「ありがとう」


「女子からもお母さん呼びされているのか・・・?」

「うん。ま、成海氏は皆のお母さんだよね。あ、お母さん、ここ取れそうだから繕って」

「はいはい。寒いだろうけどカーディガン脱いで。ボタン縫うから・・・」

「そういうところだよ、成海君・・・」


美咲さんからカーディガンを受け取り、取れそうになっていたボタンを新しく縫い止める。

ささっと作業を終え、彼女にカーディガンを返却した。


「ありがとうお母さん」

「どういたしまして」


そうこうしているうちに、残りの面々もやってくる。


「はよ、成海」

「おはよう祐平。これ、約束のブツ」

「・・・既製品?」

「手作り」

「流石ママ」


来たばかりの祐平に声をかけ、約束通り義理の菓子を手渡しておく。

彼はささっと包装を開けて、マドレーヌを口の中に放り込んだ。


「…既製品の味がすんだけど」

「手作りだって」

「美味すぎるだろ。将来は菓子職人か?」

「硝子職人を目指している。家が硝子工房だから」

「マジかよ。勿体ないな」

「工房が潰れたら考えておくよ」

「高陽奈に店構えろよ。毎日通うわ」

「言質取ったからな」


まあ、そうはならないだろうと分かっている。

そう簡単に工房は潰れたりしないし、美味いからとお菓子職人としてやっていける保証なんてどこにもない。

けれど、こうして美味しいと言って貰えることは自信に繋がる。

硝子細工もお菓子も同じ。誰かに肯定的な言葉を述べて貰えたら・・・背中を押し出してもらえるのだ。


「おはよう、成海」

「おはよう陸」

「今年はマドレーヌ?美味しそうだね」

「ありがとう」

「お返しはこれでいい?」

「わざわざ買ってきたのか?」

「うん。俺は三月まで待てないからね。お礼は速攻」


「鷹峰、廊下に他クラス女子の待機列」

「え、なんで」

「お前宛…!」

「・・・成海のだけで十分なんだけど。まあいいや、適当に受け取ってくるよ」

「あいつ、性格はなかなかなのに、顔面で釣れるから怖いよな。ああして笑顔で受け取っているけど、内側は・・・」

「心底面倒くさいと思っているだろうな」


祐平と共に、廊下に呼び出され、何らかの包装を受け取り続ける陸を眺める。

毎年とはいえ、知らない女子からああして大量にお菓子を受け取る姿は・・・なんか可哀想に思えてくる。


「・・・廊下、何起きてんの?」

「鷹峰への配布列。おはよう、森園。風邪か?」

「そんなとこ」


いつもよりゆっくりとした時間に登校した渉は、珍しくマスクを装着している。

目元はぼんやり。咳もしているようだ。


「あんま眠れなかった上・・・少し熱っぽくてさ」

「あまり無理するなよ、渉」

「おう。心配ありがとな、成海。木島」


椅子にふらふらと腰掛け、そのまま机の上に突っ伏してしまう。

・・・大丈夫、なんだろうか。

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