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16:中に竹串を通して

「な、新菜」

「何?」

「何か、あった?」

「どうしてそう思うの?」

「うちに泊まりに来たときと同じ感じだったから。何か、思い詰めている顔」


「そんな顔してるの?」

「そんな顔してる」

「…」

「何かあるなら、言って欲しい」

「…でも」

「…大丈夫、というのは変だけど」

「?」


言おうか、言わないか迷っていたことが一つ。

実は今日、楠原家には僕と美海しかいない。

姉さんは見涯先輩と卒業記念旅行。父さんは仕事の都合で外出。

そんな美海も遊びに行くと、先程家を出て行った。

つまり、だ。


「今、この家には僕と君しかいない」

「…」

「まあ、聞き耳とか立てられないからとか、そういう意味で安心して欲しいって話。二人きりが嫌なら…」

「嫌じゃない!」

「そ、そですか…」


勢いよく、前のめり。彼女らしからぬ勢いだ。

顔が近い。それより近くなる瞬間を味わっているのに、やっぱりまだ気恥ずかしい。


「…」

「あ、目逸らした」

「…だって、近いし」

「これより近くなってたじゃん…」

「それとこれとは、話が別だと思うんですよ…明るいし」

「暗かったらいいの?」

「あ、いや…そういうわけではなく、雰囲気とか、色々…」

「雰囲気…ああ、薄暗い空間でとか」

「そ、んなわけではないのですが…?」

「じゃ…カーテン、閉めて雰囲気作ろっか」

「…今日は勘弁してください」

「それは残念…」


今日は流石に、環境がダメだ。

家族がいない条件は出してしまった。ちゃんと、誠実に。

歯止めが利かなくなることは、してはいけない。


「…やっぱり…普通の時に、こう…近距離だと、変な気分になるというか」

「変な気分って何…?」

「…抱きしめたくなる?」

「それは正常だね。だから自制せず行動まで移そう。その方がいい。その方が私もハッピー…」

「じゃあ、今後は…」


「他にはないの?」

「他って?」

「ほら、視界いっぱいに私がいるなら、キスしたいな〜とか」

「それはない」

「なんで!?」

「…恥ずかしいし」

「お?恥ずかしさが消えるまでやるか?おっ?おっ?」

「絶対ダメ絶対ダメ絶対ダメ絶対ダメ絶対ダメ!」


「なんで?もう初めてじゃないんだからさ〜遠慮無しにさぁ〜…」

「遠慮無しにしたら!」

「ら?」

「…多分、止められなくなる」

「…理性とか、自制心的なやつ?」

「…ん」


絞り出すように本心を告げる。

照れで蒸発してしまうんじゃないかと思うほど、頭が熱くなる。

のぼせ上がったような頭を抱え、彼女を一瞥する。

流石にここまで言ったんだ。引いてくれるのを期待している。

…心もドン引きしているだろうけど。


「そう言われたら…」

「うん」

「引き下がれないというか、更に、踏み込んでみたいというか…」

「なんで?」

「あ〜。なんというか、興味あったんだ〜って、安心感の方が勝っていて」

「僕を何だと思っているんだ!」


「だって、スマホの履歴とかさっぱりだし…」

「み、見たのか…」

「ごめんね。見ちゃった」

「どうやって見たんだ?教えてくれ」

「こう来ると思ったよ」


新菜にささっと履歴の見方を教えて貰える。

なるほどなるほど。これでまた見たいサイトを見たい時に戻りやすくなった。


「…でも、ごめんね。プライバシー…」

「え、別に…。見られて困るものはないし」

「それでもだからね。履歴とか漁られたら怒るのが普通だからね!?」

「そういうものなのか…」


まあ、確かに見られているのを知られたら困るサイトとかあるだろう。

しかし我が家はその辺り安心。フィルタリングがついてるからな。

変なサイトにアクセスすることはない。


「じゃあ、これだけ聞いていい?」

「な、何かな」

「どうして、履歴見ようと思ったの?」

「それは…その」

「怒らないから」

「…少し、不安で」

「不安?」

「…キスの次を、考えまして」

「へ」


「…どんなの、好きなのかなって」

「…」


服の先を軽く摘まんで、気まずそうに…言葉を紡ぎ終えた新菜の表情は見えない。

長い長い栗色の髪に、覆われて、こちらから伺うことは出来ないから。


「一応、その。そういう素振りをしないようにしているだけで…興味が、ないわけではない」

「そ、ですか」


「そういう込み入った事は、大人になってからだと思ってる、から」

「…十八歳以上?」

「そうなるというか、かつ…責任を一人で取れる年齢」

「具体的には」

「自分で働いて、賃金を得て…地に足をつけた生活ができるぐらい」

「真面目だね、成海君」

「そうかな。それぐらいは普通じゃない?」

「…普通は、その先にすいすい進んじゃうみたいなんですよ」


肩に頭が乗せられる。

髪が手のひらの上で揺れ、こそばゆい。


「でも、うちはそうはいかないらしいね」

「ん。まあ、次に進まないからと、不安にさせることもあるだろうけど、その時は、出来る範囲で…出来ることをするから」

「…期待してる」

「頑張ります。それでも足りないなら、ちゃんと歩み寄りをしよう。双方が納得できる着地点を、ちゃんと探そう」

「ん」


髪を掻き分け、彼女の手を探す。

空いていた彼女の手のひらに、自分の手を重ねると、彼女は手の向きを変えてくれた。

一回り小さい手が、僕の手を軽く握ってくれる。

ふんわりと焼き上がる菓子の匂いが広がるリビングで、寄り添いながら目を閉じる。


「…そういえば、好きなもの答えて貰っていない」

「新菜」

「強めに言ってもダメ。これで引いたりしないから」

「新菜…だってば」

「…」

「…ちゃんと、言っている。新菜が気になっていたことも、さっきの質問も」

「そ…写真、持っとく?」

「罪悪感が増えるからダメ…」

「…」


空いている片方の手は、自分の顔を覆うのに使う。

寄り添っているから、見えないから、助かる。

しかし見ようと思えば見られる互いの顔。

今、どんな顔をしているのかなんて、相手には絶対に見せられなかった。

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