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15:余熱の温度差

カップケーキが焼き上がった後に、クッキーを焼く。

若葉はそれだけは譲らず、現在進行形でオーブンの中はカップケーキが焼かれていた。


成海君はその間、マカロンを作るとノリノリでハンドミキサーを動かしていた。


「ふんふんふ〜ん、ふふふんふ〜ん」

「…鼻歌歌うのか」

「歌っちゃうんだね…成海君」


しかも鳩ぽっぽ。選曲チョイスの可愛いが過ぎる。


「硝子工房じゃなかったら、将来はパティシエだったかもね」

「あ、なんか分かるかも」

「ん〜。それはないと思うぞ」

「「聞こえてた」」


ハンドミキサーの音にかき消されて聞こえないかと思ったら、成海君は私達の話に反応してくれる。

その音にかき消されないよう、少し大きめな声で話を続けてくれた。


「お菓子作りは好きだけど、仕事にしようとは思わないかなって。やっぱり趣味は趣味のままでありたい気持ちもあるからさ」


「でも、硝子細工は仕事にしようと…」

「家が硝子工房だからな。それで食べていける保証も少しずつ出来てきているし…今なら職人の道を選ぼうと思える」

「保証があるから、進むんだ」

「まあね。今までだったら多分、趣味とか副業で作る程度だったと思う。硝子細工は好きだけど、食べていける程ではなかったから」

でも今は、少しずつ…前に進めている。

「人生で賭け事はできない。その道に進んで生きていける確証がないと周囲に迷惑をかけるだろう?」


「だってよ新菜。安心じゃん」

「わわわわわわわわわかばさん…?」

「ごめんて」

「…別に」


この話の振り方じゃ、まるで…。

いや、確かにこの落ち着き様なら将来は安泰だろうけども!

…将来も、一緒にいられたら。きっと楽しいし。

そうなったら、嬉しい…けれど。


今と変わらないのは、嫌だなって。


今も落ち着いている。このままは安泰。

しかし変化を求める心もある。

だけど変化を求めたら、安泰を手放す。

ずっと変わらない。付き合った後も、前も…何かを失うことを恐れながら、前に進むしかない。

それに恐れず進めていた夏は遠ざかった。

隣に座って、穏やかな時間を過ごす若葉は前に進んでいるのに。

かつての私は、恐れずに進めたのに。

今の私は、安泰を手放せない。


「あ、終わったみたい。若葉さん。おいで」

「へいへい」


完成したばかりのカップケーキを確認するため、若葉が台所へ向かう。

ふんわりと焼き上がった香ばしい香りが広がる。

熱々のそれを両手に載せて、若葉はそれを一口。


「上手く出来てる。一から教えて貰ったからってのもあるけど…」

「混ぜるのは若葉さん自身がしたことだ。レシピ通りでも混ぜるのがダメだったら、生地が玉になったりして美味しさが損なわれる。若葉さん自身で美味しく作り上げられたんだ。ちゃんと自信持って」

「ありがと。前日は一人で作ってみるよ」

「うん。喜んでくれるといいね」

「…別に、あいつに渡すとは言ってないんだけど。でも、まあ…頑張ってみる」


カップケーキの熱は冷めている様子がない。

まだ、焼きたて。

安心しきった彼女は、熱々のそれを袋に詰める。


閉じ込められたその温もりが弾けるのは、もう少し先。


◇◇


「後は邪魔したら悪いから。色々ありがとう」


若葉さんはカップケーキが完成した後、すぐに帰宅してしまった。

もう少しゆっくりしていっても良かったのに。


それに、邪魔とはいうけれど…友人との時間に邪魔とか考えた事は無い。

新菜との時間を心配されているのだろうか。

…気遣ってくれるのはありがたいが、なんだかむず痒い。


「新菜」

「え、あ…どうしたの?」

「次はクッキーを焼くから」

「うん、そうだったね。じゃあ…」


新菜の顔は、少しだけ疲れているように見えた。

料理の回数は増えても、お菓子作りの回数は少なめ。

慣れないことをして疲れた?なら…。


「疲れているのなら、もう少し休んでいて…その間に、マドレーヌの試作を焼こうと思うから…」

「じゃあ、お言葉に甘えていい?」

「ん。少し準備をしてくる。待っていて」


台所に戻り、マドレーヌを焼く準備をはじめる。

予め準備をしていたのもある。ささっと準備を終え、オーブンにセットして焼き上がるのを待つことになる。


その間、僕もゆっくり過ごしていよう。

棚の中からいつも飲んでいる粉末コーヒーと、美海御用達のココアを取りだし、マグカップの中へ。

自分が使う、コーヒー入りのマグカップと、誰でも用…今ではほぼ新菜用になっているココアが入ったマグカップを持って、リビングのソファへ向かう。


「お待たせ。ココア淹れてきた。どうぞ」

「ありがと、成海君」

「そのマグカップ…来客用だけど、最近はほぼ新菜用になってるなぁ」

「それほど使わせて貰っているって事だよね」

「…今度、買いに行こうか。ちゃんとした、専用の」

「いいの?」

「ん」

「じゃ、お揃いがいい。成海君の、使い始めかもしれないけど…」

「見ての通り、色が欠けたりしているから替え時でもあるんだ。よければ、うん。一緒の」

「やった」


互いに飲み物を口に含み、一息を吐く。

暖かい。でも、マグカップは十分に熱が伝わっていないのか冷たい部分があった。

新菜の顔も、晴れないまま。

…どうしたものか。

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