9:欲張りパルフェに下心を添えて
お裾分けのガドーショコラを頬張ってしばらく。
新菜の調子が普段通りに戻って来た頃、話は再びあの話へ。
「そういえば、お菓子言葉の履修は済んだ?」
「少しだけ」
「じゃ、それを踏まえて…成海君は何を作ろうと思った?」
「…悩むんだよな」
「選択肢が多い分、悩んじゃうんだ」
「そんなところ。義理の方はマドレーヌにしようかなって思う。これなら新菜とも被らないし、ちょうどいいかなって」
「…楽しみだね」
想像しただけでも少し、よだれがでる威力があったらしい。
欲しそうに目を輝かせる新菜。作り手としては、こんな風に楽しみにして貰えるのは嬉しい。
けれど、新菜には少し厳しいことを告げなければならない。
「新菜にはあげないよ」
「あ、いじわる」
「本命分を贈るんだから、義理はやれないだろ」
「…本命プラス義理のセットも、ありじゃないですかね?」
「欲張り」
「成海君のお菓子は特別だもの。いっぱい食べたい」
「…この前、ふとっ「成海君」」
「…すみませんでした」
「よろしい」
「…でも、それは、それは事実なんだろう…?」
「事実だけど…事実だけども!お菓子は、別腹だよ?」
「…そういう甘えが…っ〜〜〜〜!」
テーブルの下。新菜の靴が勢いよく僕の脛に当たる。
声にならない程の痛みが一瞬で走る。それでも僕は怒ることは出来ない。
怒らせることを言ったのは、僕が先。
「…ごめんよ、新菜。でも僕は心配で」
「…わかってるよ。もう。心配してくれてありがとうね」
今年に入ってから、新菜からある悩みを相談された。
———僕の料理が美味しすぎて、ついつい食べ過ぎて…太った。
姉さんからも同様の相談を仲直りした後にされた。
食べ過ぎるのが悪いのでは?と思ったことは、自分の心の中だけに留めておいた。
それを言ったら、僕と新菜は今まで通りとは言えなくなるだろう。
しかし姉さんには反射的にそう返してしまった。
ビンタを食らったのは、言うまでもないだろう。仲直りした直後なのに、再び喧嘩が勃発しそうになった。
勿論、謝り倒して許して貰ったが。
姉さんも、ただ「やれ」と言うほど鬼ではなかった。
勉強が出来る環境を、用意してくれたのだ。
「姉さんのすすめで、栄養学を通信制の資格講座で勉強を始めたんだ」
「できるんだ…私もやろうかな」
「でも、お金…僕は姉さんが出してくれているけれど…」
「お母さんに相談してみるよ。それにお金はまだバイト代の残りがあるし…それに資格勉強だって必要なことだよ。持って腐ることもないし、色々とやりたいよね」
「そっか…麻紀さん、許してくれると良いな」
「許してくれるまでお願いするし。許されなくても自分のお金から出すし」
「そこまで…」
「私だって悩みを相談した手前、何もしないで成海君に「頑張れ〜」って言うだけじゃダメだと思うんだよね」
「つまり」
「一緒に頑張ろうってことだよ」
「…ん」
「…自己管理も、頑張るからさ」
「そうしてくれると、助かる…けれど」
「けれど?」
「…本命で贈るお菓子、悩みに悩んで…もう本命向きお菓子全部盛りパフェを作ろうかと。これって、怒られる奴?」
新菜がそれを聞いて、ぽかんとした表情を浮かべる。
投げかけられた言葉を内側で噛み砕いて、飲み込めたのだろう。
眉間に皺を寄せて、呆れた顔を覗かせた。
「欲張りなのは、どっちだろうね?」
「そこはお互い様ではないでしょうか」
「だね…」
ココアを一口。口直し。
それから彼女は、窓の外を眺めながら…ボソッと一言。
「…全部盛りパフェ、食べたいから、作って」
「仰せのままに」
「できればカロリー控えめ…」
「…まだまだ学び始めたばかり。それは期待しないでくれ」
「じゃ、運動手伝って」
「いいよ。どんな運動する?」
「か…身体を凄く、動かすのとか?」
「なるほど。二人でできるやつ?」
「そ、れでもいいけど…ど、どんな運動を想定しているのかな?」
「バスケでもする?」
「は?」
「姉さんが一時期やってて、庭先にゴールあるから」
「…そう。そっち」
「そっち?新菜、何を想定していたんだ?」
「なんでもない」
「なんでもないってことはないだろ。新菜?」
それ以降、次の目的地であるスーパーに到着するまで、新菜は僕に顔を一切見せてくれなかった。
一体、何を考えていたんだか…。
その答えはを知るのは、まだまだ遠い未来の話。




