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8:苦みの中に、甘み

席取りを任された僕は、注文をしに行った新菜を待つ間に彼女が言っていたお菓子言葉について調べていた。

バレンタインに贈るお菓子によって気持ちを伝えるもので、なんてことないお菓子にも特別な意味が込められたりしていた。


「あ、新菜。こっち」


僕を探して周囲をキョロキョロ見渡す新菜に声をかける。

人混みの中でも自分の名前と、僕の声を判別できたらしい。

注文の品をトレーに載せた彼女は、僕を見つけた事に安堵しつつ…こちらへ来てくれた。


「おまたせ〜。席取りありがとうね」

「いえいえ。こちらこそ注文ありがとう」

「どういたしまして。でも、こっちにいたんだ。さっき来たんだけどな…」

「人多いから仕方無いよ。人影に隠れてしまっていたのかも。僕もその一回目?見落としていたみたいだし」


理由は不明だが、今日はとても人が多い。

普段なら二人で並んで、その後に席を探すのだが…今日はそれぞれ役割分担を行った。

本来であれば僕が注文に行きたかったのだが…まだまだあのカスタム呪文を詠唱できる程ではない。申し訳ないが、手慣れている新菜に任せたという形だ。


「期間限定の、あった?」

「あったあった。でも、残り一つだった」

「早い時間なのに、もう売り切れ…人も多いもんなぁ…」

「なんでだろうね?」

「今日、何かイベントでもあったかな…」

「それらしきものはなかった気がするけど…まあいいや。はい、いつもの」

「ありがとう。送金、今いい?」

「勿論」


新菜に教えて貰ったコード決済アプリを起動し、コーヒー代を彼女のアカウントに送金する。

自分自身では使う機会が無いので全然なのだが、こういう決済方法にも慣れていた方がいいだろうと父さんと姉さんにも後押しされつつ、新菜の助力を受けてできるだけ使うようにしてみた。


現金として形がないから不安になる時はあるが…ポイントはサクサクたまるし、お金のやり取りも手渡しじゃないから容易。

生活環境の都合上、普段使いはしていないからこういう場でしか使わないが…割と、使い勝手は良いと思う。


「…問題ない?」

「大丈夫。ぴったりだよ。だいぶ使いこなすようになったね」

「新菜の助けがあったからこそだ。いつもありがとう」

「どういたしまして」


互いに注文した飲み物を口に含む。

外にいた分、冷えていた身体に暖かいそれが沁みた…が、なんか甘いな。

何かどころではない。コーヒーの味ではない。この甘みはココア…。なぜココア?

…まさか!


「んぅ〜〜〜〜〜〜!」


対照的に、新菜は険しい顔で目の前の期間限定ガトーショコラを口に含む。

しかし目の前のそれもビターなお味。思うような結果は得られなかったらしい。

口元をしぼませて、苦みに涙を堪えていた。

容器が同じだったから気付かなかったが、僕と新菜はそれぞれ互いが注文した品を手に取ってしまっていたらしい。


「新菜、これ!」

「んぐ!」


差し出したココアを一気飲み。

一息ついた彼女は、死んだ目を浮かべながら窓の外を眺める…。


「…なんでこんな苦い飲み物が存在しているのかな」

「新菜、ステラバックスはコーヒーがメインだぞ。それを言ったらおしまいだ」

「そうだけどさぁ…成海君はよく飲めるねぇ…」

「この苦みが、頭をしゃきっとさせてくれてさ」

「…よくわかんないな」

「新菜は苦いの、苦手?」

「うん。苦いのより、甘い方が絶対いいよ」

「それは、どうして?」

「苦いのは、辛いから」

「そっか」


「大人になればおいしさが分かるよ」

「?」

「コーヒーとか、苦いものが苦手だと、周囲からよく言われるの。成海君は言わないんだね」

「人間誰しも苦手なものはあるし、苦手なら苦手でいいんじゃないか?コーヒー飲まなくても生きては行けるし」

「…そっか」


新菜は安堵したように表情を和らげる。

そうだよな。子供の頃は苦手だったものも、大人になれば食べられるようになったり、こうして飲めるようになったりする。


けれどやはり最終的には、その人の好みというのが発生する。

嫌いな人間を見たことがない食材も、料理もこの世には存在しない。

万人受けするものなんて、何一つない。苦手なものは無理して食べる必要は無い。


「まあ、これが野菜とかで…新菜が美海ぐらいだったら、多少の小言は言っていたかもだけど」

「育ち盛りだもんね」

「ああ。僕個人としては、野菜とか成長に必要なものでもないし、別に無理する必要は無いと思うってぐらい。ただ…」

「ただ?」

「…自分の好きなものを、好きな人と楽しみたい欲はありまして」

「ふむ…それは、コーヒーの味がするものなら、何でも良かったりしますか?」

「…そんなところ。カフェオレとか、甘めのものでいいから…一緒にお茶の時間を楽しめたらとは思い、ます」

「…ん。それなら是非にと言いたいな。今日の成海君は素直だね」

「そうなるべきという心境で、いますので」

「そっか」


本音はここまで。

実のところを言えば、自分が好きなもので一緒に楽しみたい気持ちもある。

けれど無理はさせたくない。それは彼女の苦手なものには変わりないから。

しかし彼女は歩み寄りを見せてくれた。

それがとても、嬉しく思えた。


「でも、今日は無理せずココアとかで良いと思う。なんなら、もう少し甘くても良かったんじゃないか?」

「…確かに。でもこれ以上甘いものって無くて」

「ガトーショコラ、どこまで苦いんだ?口直しに食べていた時も、苦そうに顔をしかめていたから」

「ああ…ちゃんと甘みはあるんだよ。ただ、コーヒーの直後だとほのかだった苦みが強くなっちゃった感じがして…あ、一口食べてみる?」

「いいの?」

「うん。本当はちゃんと甘いの。食べて貰った方がわかりやすいし、ね?」

「じゃあ、お言葉に甘えて」

「了解」


そのままガトーショコラをこちらに渡してくれるかと思ったら、そうではなく…フォークで一口大に切り分けたものを刺す。

刺されたそれが零れないよう、手で受け皿を作りながら、前に差し出してくる。

これは…。


「はい、あーん」

「…人前だぞ、新菜」

「沢山人はいるけど、私達を見ているわけじゃないし、何をしていたって興味なんてもたないよ」

「…」

「別に私はしたくないっていうのなら、その意志を尊重するよ?」

「…まさか」

「そのまさかです。けど、してくれたら私が嬉しいって話だよ」

「…それは、逃げられそうにない」


彼女に関係性の事を口に出して貰った際、僕が告げた言葉がそのまま返ってくる。

先に言った手前、その言葉から逃げられる訳がない。

照れくさいが、意を決し…差し出されたそれを口に運んで貰う。


…想像以上に、ガトーショコラは甘かった。

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