6:湯けむりの中でも明瞭に
写真を送った後…美海と父さんが頼んでくれた出前をテーブルに広げ、全員でありつく。
流石の父さんも、姉さんのお金には手をつけなかったらしいが…奮発して三万弱は出前だけで使用したらしい。
喧嘩して空気を悪くしていたのは僕たちだからあまり多くの文句は言わないし、言える立場でもないだろう。
だけど、三万弱はポンと出せても、それは我が家の半月分以上の食費。
それを一晩で消化されるのは、僕と姉さんも納得がいかなかった。
姉さんと二人、父さんには後日説教を執り行うと通達した後…片付けを終え、それぞれの自室へ。
ふと、スマホのメッセージを確認する。
『もうすぐお風呂に入ります』
ピコンと通知を知らせつつ、やってきたのは彼女が動き出す合図。
それに合わせて電話をかけると、ワンコール目で彼女は電話に出てくれた。
『もしもし、成海君?』
「もしもし。タイミングはどう?新菜」
『バッチリ。今から入る準備するんだ〜。もうすぐお風呂入るから、もう少し待っててね〜』
「!?」
入る準備。風呂に入る前。
電話越しにうっすらと聞こえる布が擦れる音。
ぷちっと何かが外れる音も鮮明に聞こえたのは何故だろうか。最近の電話の性能が良いからに決まっている。
扉が開くような音がした後、新菜は一声かけてくれる。
その時の彼女の声は、反響が繰り返される環境に。
『お風呂入ったよ〜』
「あ、ああ…」
『今から身体を洗っていきます』
「逐一報告しなくて良いから…」
水が跳ねる音。シャワー特有のシャワー音が電話越しに伝わってくる。
一人ではない安心感を電話で得られているのだろう。上機嫌な彼女の鼻歌だって聞こえてきた。
こちらは気が気でないというのに。
『ね、成海君』
「…ん?」
『身体洗ってる最中だけど、話は出来るからお話ししようよ』
「あ、ああ…」
『写真見たよ。ちゃんと話し合えたじゃん。偉い偉い』
「姉さん側も、諭されてたのか…結構すんなり」
『でも距離感近くない?』
「普通ぐらいじゃないか?」
姉さんとはよくあれぐらいの距離で過ごす。
昔から変わらない距離なのだが、新菜的には面白くないようで、少しだけふてくされた様な声が電話越しに伝わってくる。
『私とはあの距離で全然写真撮ってくれないじゃん。もう少し距離が欲しいとか言い出すし』
「そう、だろうか」
『そうなんだよ』
シャワーの音が止まり、湯船との境に身体が触れる音。
水を持ちあげ、少しだけ激しい音がした後…再び静寂が訪れる。
湯船の中に浸かっているらしい。
『一海さんと、仲いいことは知ってる。互いに大事に思って、尊重してることも知ってる』
「…うん」
『仲いいな、羨ましいな。一海さんと成海君ってこんな間柄だよねって、分かってるの。分かっているけれど…やっぱり、やだなって思っちゃうときもあって』
「…そう、だよな。ごめん、気を遣えなくて」
仲が良いことは理解している。けれど、恋人としてその距離感を見ているのは面白くないだろう。
そこまで、気が回っていなかった。
『そ、そんなこと言って欲しい訳じゃないんだよ…!仲が良いことは大事だし、これからも大事にしてほしいことだし!でも、どうしてだろうなって』
「どうしてって?」
『姉妹ならともかく、男女の姉弟でしょう?どうしてここまで仲が良いのかなって』
「んー…ほら、僕ら母さんがいないだろう?」
『そうだね』
「父さんは多忙だし、家の事は三人でって事が多かったけど、美海はまだ小さい上に遊び盛り。基本的に僕と姉さんでしていたんだ。だから、連携が取れているというか、仲が良いのかもしれない。基本的に何でも言い合える」
『じゃあ、なんで今回は喧嘩したの?』
それを突かれると痛いんですよ、新菜…。
でも、そうだな。今回喧嘩した主な理由をあげるとするならば…。
「僕が姉さんのことを全く考えていなかった事もあると思う」
『うん』
「これからは、ちゃんと向き合いたいと思う。勿論。姉さんだけじゃなくて…」
『私の事も、忘れないでね』
「当然だ」
『今度、くっついた写真撮ろうね』
「それは、ちょっと…」
『待ち受けにしたい。家にいる時も、成海の顔が見ていたい』
「…善処する」
「やった」
それからは、僕と姉さんの話ではなく…色々な雑談を繰り広げていく。
バレンタインはどうするか。写真はどこで撮るか。
電話越しでも、普段通り学校で話すみたいに話している間に、一時間近く経過していた。
「そろそろ一時間」
『そう?じゃあ、そろそろ上がろうかな』
「のんびり浸かれた?」
『ん。一人でも怖くなかったよ。成海君のおかげだね』
「…服、着るまで待ってるから」
『お願い。それからはどうする?もう少しお話しする?』
「僕も風呂に入らないと」
『そっか』
扉が開き、タオルが広がる音がする。
身体の水滴を拭いているのだろう。
少しだけ彼女の声が、遠くなった気がした。
『ね。成海君』
「なあに?」
『ありがとね。面倒なことに付き合ってくれて』
「いいってこれぐらい。面倒だとも思って無いよ」
『そう?本音で言っても…』
「支える言葉に、二言はない」
『嬉しいなぁ。そういうところ、ほんと好き』
「…ん」
それからも、服を着終えて部屋に戻った新菜と共に雑談を続ける。
今日の課題は終わったか。明日もいつも通り、通学路の駅前との合流点での待ち合わせで良いか。
そんなことを話している間に、僕の前に風呂へ入った姉さんが扉越しに風呂上がりを伝えてくれる。
順番がやって来た。
「そろそろ」
『わかった。でも、名残惜しいな』
「そう?」
『成海君がうちで一緒に暮らしてくれたら、毎日ずっとお話しできるのにねぇ』
「…それはいつかにご期待ください」
『期待しておくね。それから』
「ん?」
『バレンタインも、期待しておいてね。じゃ、成海君。お休み』
「あ、ああ。おやす…切れた」
言い逃げした新菜との通話時間をぼんやりと眺めた後、僕は僕の普段の生活へと戻っていく。
そういえば、祐平との義理チョコの約束もあるな。
…とりあえず何か期待されている可能性もあるし、凝ったものを作りたい。
今度の土曜日、試作品を作ってみようか。
新菜はどうだろうか。
いつもの料理をする日に試作会を持って来て、どう反応するだろうか。
付き合って、くれるだろうか。




