17:放課後の寄り道
午後の授業も終え、後は帰るだけ。
それぞれが教室を出て行く中、僕もいつも通り後ろへ声をかけようとすると…。
「おれきょうようじあるからー!」
「あ?」
晴れやかな笑みを浮かべたまま、陸が高速で教室を去って行く。
その様子に呆気にとられるしかなく、僕は呆然と立ち尽くす。
「どうしたの、楠原君」
「あ、いや…いつも通り陸に声をかけたら、何か高速で帰った…」
「用事あるって言ってたし、急ぎだったんじゃないかな」
「そうだね…」
「…と、言うことは。今日、楠原君は放課後、空いていたりするのかな」
「まあ、空いているね。今日は店の手伝いもないし…」
「よければ、放課後ちょっとだけ遊ばない?」
「いいけど…電車、大丈夫なの?」
「うん。一つ遅らせた方が、人が少なくて座りやすいから」
「座れるのは大事だよね。じゃあ、それまで」
「ありがとう。じゃあ、行こっか」
遠野さんと二人、教室を出ていく。
その背後で、何か話があっていたのだが…今の僕と遠野さんが知る話ではない。
◇◇
二人が去った教室。
話題の人がいなくなったことで、表立って出しやすくなった噂話。
遠野新菜と楠原成海の関係は、一部男子生徒の間で由々しき問題となっていた。
「…なあ、楠原と遠野さんってどんな関係なんだ?」
「知らね。でも、この前クラスのメッセで、楠原の連絡先を聞いていたよな…」
「この前の休み、何かあったんだろ…」
誰隔てなく友好的で、優しい女の子。
たった一ヶ月でクラスのカースト上位に食い込んだ遠野新菜が、特別気にかけるのは、クラスメイトから認識されているのかも怪しかった楠原成海。
仲睦まじく一緒に帰宅する様子を見せられたら、新菜へ密かに好意を抱いていた男子から焦りが出るわけだ。
「気があるんじゃねーの?」
「「どっちが!?」」
「え、あ…いや、連絡先を聞いていたのは遠野だし…遠野側に…」
「嘘だろ。なんで楠原なんだよ。影薄いのに…」
「遠野さん狙ってたのに…なんで…」
二人の声に耳を傾けつつ、森園渉は、小さくため息を吐く。
たった一ヶ月。外面だけを好きになる軽めな感性なんて、彼には理解できやしない。
「…むしろ、遠野が楠原と一緒にいたいって思う理由を探るべきじゃないかねぇ」
渉は新菜に興味がない。
他校に必死でアプローチした上で付き合えている彼女がいる身で、他の女子に現を抜かすことはない。
彼の興味は、むしろ成海に向けられていた。
選び放題は言い過ぎだが、広い交友関係がある新菜が、特に一緒にいたい相手として成海を選んだ。
そんな彼には何かあるに違いない。
どう交流を図ったものか。渉は喧噪に耳を傾けつつ、思考を巡らせた。
◇◇
校門を出て、のんびり帰路を歩いていく。
学校へ行く時より足取りは軽いはずなのに、自然と遠野さんの歩幅に合わせて歩くものだから、ゆっくりとした足取りになる。
「こ、こうして誘ったはいいけれど…何しよっか」
「普段は何してるの?」
「駅前の商業施設にあるお店で時間潰してる〜。いつも思いつきだから、何をするかは決めてないなぁ…」
「駅前かぁ…」
「気になるもの、ある?」
何というか、駅前の用事は結構あったりする。
しかし家からそこそこの距離があるせいで、何となく自発的に行こうとは思えなくて。
けれど、行きたい場所はあったりする。
「…雑貨屋さんに寄りたい、かも」
「いいよ。何かあるの?」
「…硝子職人とのコラボアクセサリーが販売されていて、注目していた人の作品だから見てみたいなって、思って…」
「本当に硝子が大好きだね」
「うん。好き」
「……」
「どうしたの、遠野さん」
「あ、いや。ううん!?なんでもないの。ちょっとびっくりしただけ」
「硝子好きなの、意外だった?」
「そ、そうじゃなくて。そうじゃなくてね…。好きって言われて、驚いただけだから。ごめんね。変な勘違いを…」
「あっ…いや。誤解をさせるような言い方をした僕が悪いから…」
彼女の反応に釣られて、僕も動揺しながら必死に弁明を図ってしまう。
そうか。好きか。
たった一つの単語。確かに状況次第では、誤解をさせかねない言葉になるだろう。
他にもきっと、誤解を生んでしまう言葉が色々とあるかもしれない。
驚きすぎたのか、胸に手を当てて深呼吸を続けている遠野さんに対し、非常に申し訳ない気持ちを抱いた。
今後は、発言の一つにも気をつけなければとも。




