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5:貴方が煌めく未来こそ

「知名度が必要って?独立でもするのか?」

「そんな予定無いわよ。今後は裏方に回って、作品を如何に多くの人に見せて、多くの人の元へ送り出すかを考えたいの」


「…硝子細工も」

「やめるわ」

「あんなに、楽しそうにしていたのに?」

「本音を言えば、好きじゃないの。硝子細工」

「…は?」


何を言い出すかと思えば、今、姉さんはとんでもない事を言い出したのではないか?

硝子細工が好きではない。

じゃあ、今まで姉さんは何の為に工房に立ち入って…作品を作って、売ってきたんだよ。


「確かに、作品が売れて嬉しかったわよ。でも、本格的に硝子細工をやって、それで食べていこうだなんて、微塵も思ったことないわ」

「…ちゃんとやっていけば」

「小遣い程度にはなるでしょうね。でも、そこまでなのよ」


「そこまでって」

「私には才能が無いの。何でもそつなくこなせるけれど、一定のラインを越えることは出来ない。あんたみたいにね」

「…僕だって、そんな」


仏壇から、母さんが僕を覗き込む。

才能があるというのは、母さんみたいな人を指すときの言葉だ。

僕は到底及ばない。

僕に相応しいのは「出涸らし」だというのに。


「あんな芸当の細工を作っておいてそんなこと言う?」

「普通だよ」

「普通じゃないのよ、一般人からしたら」

「…」

「あんたの比較対象はお母さん。影を落としたのもお母さん。塞ぎ込んでいたあんたを立ち直らせたのもまた、お母さんが得意だった硝子細工」

「…」

「どうやったら、あんたは立ち直るのか。どうやったらまた笑ってくれるのか。色々考えても、思い浮かばなくて…気がついたら、答えを得ていて、先に進んでいた」

「…それに入れ込んだ、けど。思うように結果は出なかった」

「お母さんの影ばかり追いかけるからよ」


周囲から出涸らしと称されて、硝子細工をやめようとした時期もあった。

けれど、やめられなかった。

好きだったこともある。

それよりも、一番の理由は…。


「でも、硝子細工を続けられたのは…姉さんがいたからだ」

「そうかしら」

「…やめようと思っていた時に、姉さんも硝子細工を初めて。一緒にやろうって手を引いてくれたから、やめずに済んだ」


「…ここでやめるのは、勿体ないと思ったからよ」

「どうして?」

「———あんたには才能があるって、私が一番知っていたから」

「…っ」

「母さんの影を追いかけていない時。あんたからしたら、ただの遊びで作った細工が…本当のあんたの作品だって、すぐに気がつけたもの」

「…そんなに早い段階から」

「そうよ。私を誰だと思っているのよ。あんたのお姉ちゃんよ。二年多く生きて、十六年間、あんたのお姉ちゃんをやっているんだから」


姉さんはこたつから出て、僕の隣にやってくる。

隣にただ、腰掛けるだけ。

新菜がそうした時の様に、心臓が弾むことはない。

ただ、無性に…落ち着きを得るのだ。

ここにいるのが当たり前。側にいるのが当たり前。

新菜が側にいるときとは違う、安心感がそこにある。


「でも、私じゃ「楠原成海らしい作品を作りなさい」なんて直接言えなくて…どうしたらいいか悩んでいるときに、新菜ちゃんが現れて、あんたの背中を押して…今のあんたにしてくれた」

「…姉さんは、それを自分でやりたかった?」

「そんなことはないわ。自分で言えたら楽だけど…」

「?」

「それを言ってくれる人が現れたなら、成海にとって凄く良いことだってことも…分かっていたから」

「姉さん…」


「あんたの前に、新菜ちゃんが現れてくれて良かったって思うの。だから今の楠原成海がいる。そんな今の成海なら、過去の名声さえ壊せると、私は信じている」

「…過去の、名声」

「出涸らしだって言われて悔しいでしょう?私も悔しいわ。そんなことがあるわけないもの。私のなるみは凄い硝子職人だって、一番知っているからこそ、やりたいことがある」


「それが、大学に進学しない理由」

「…そうね。私はあんたの背中を押し出すことは出来なかったけど…あんたが誰よりも凄い硝子職人だって事を一番に理解している。だから、それを伝える仕事がしたい。それが今の…いや、あんたが硝子細工を始めたときからの、私の夢」


姉さんはいつも、僕の作品に対してただ「綺麗ね」としか言わなかった。

母さんの真似事をしていたときは、コメントさえくれなかった。


姉さんはどこまでも素直じゃない。

けれど、それを踏まえて考えるのなら…きっと、作品の感想だって「素直じゃない」のだ。

綺麗。たったともいえるその一言は姉さんにとって、原稿用紙何枚分の感想になるのだろうか。

想像しただけでも、心が暖まる。

けれど、それでも…。


「…僕の為に、姉さんがやりたいことを諦める必要は、ないと思う」

「今の私がやりたいことは、成海の作品が如何に凄いか売り出して、多くの人の目に届かせることよ」

「どうして、ここまで」

「あら、硝子職人になりたい弟の夢を後押しして何が悪いの?」

「…小さい頃の夢なんだが」

「変わったの?」

「…変わってない」


今も昔も、僕の夢は変わらない。

硝子職人になって、うちの工房を存続させる。ただ、それだけなのだ。


「作ることに集中できる環境を用意して。売り出すのは私が受け持つ」


だから「硝子細工でも作ってろ」…か。

全く。姉さんは…本当に素直じゃない。

そういうところも受け入れてはいるけれど、今回ばかりは言葉が足りなさすぎると言わせて欲しい。


「それは、願ったり叶ったりだけど…大変じゃない?」

「絶対大変よ。でも、私だってね、この家が、家族が、工房が大好きだから。ずっと存在していて欲しい。そのために最善だと思う手段が」

「僕を大成させること…」

「そういうこと。あんただって同じ。この工房には残っていて欲しいでしょう?」

「…ああ」

「じゃあ、やることは一つよね」

「そうだな。でも、姉さんはもう硝子細工はやらないのか?」

「忙しくなるからねぇ…でも、そうね。息抜きぐらいはしないとね」

「ん」

「また、一緒にやりましょう。小さい頃みたいに」

「…そうだね、姉さん」


前は腕を引かれて、硝子細工に向き合った。

けれどこれからは、二人三脚で歩きながら硝子と向き合うことになるだろう


僕の夢は、姉さんの夢。

二人の夢は、工房の維持。

そのために、二人で出来ることを模索しながら…これからを歩むことになる。


その決意の瞬間を覗き込んでいた美海と父さんは互いに顔を見合わせた後、いつもの調子でリビングの中に滑り込んでくる。


冷戦は終戦し、普段の楠原家が戻ってくる。

僕と姉さんも一歩進み、明確になった目標に二人で向き合うことになった。

その着地点を、僕らは互いに背中を押し出してくれた二人に報告しなければならない。


寿司だ寿司だとはしゃぐ父さんと美海を背に、僕と姉さんはスマホを取りだし、写真を撮る。


そして、互いに背を押してくれた存在に送るのだ。

「無事に、仲直りできました」と。


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