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Fragments4:遠野和久の引っ越し事情

人付き合いが苦手な僕と麻紀さんが出会ったのは、高校一年生の時だった。


くじ運悪く、クラス委員に任命された僕ら。

互いに義務感でやっていた。

淡々と作業をしていては退屈だから、適当は話をしながら委員の仕事に取り組んだ。


その全ては些細な話だった。

趣味のこと。学校の事。家の事。近所で見かけた犬の話で一時間経過させたこともあったか。

互いに意気投合した後、思い至ったら即日行動派の麻紀さんが僕に好意を伝えてくれるまで、そこまで時間はかからなかった。


そんな麻紀さんに手を引かれて、高校三年生。

物静かに過ごす事が好きな僕と、色々な人に囲まれていた麻紀さん。

麻紀さんに告白した男が「彼氏がいる」と言われ、僕を見に来ては「あれかよ」なんて言われる生活にも慣れた程。

それほどまでに、僕と麻紀さんが過ごす世界というものは大きく違っていた。


それでも僕は麻紀さんと過ごす時間が楽しかったし、麻紀さんもまた誰かとの付き合いよりも僕との付き合いを優先してくれた。

でも、このままではいけないと思い始め…自分の引っ込み思案を無理でも直そうと、就職は「営業職」を中心に探すことにした。

そして、あのカオングループに就職が決まった後…しばらくして麻紀さんにプロポーズをした。


返事は言わなくても分かるだろう。受け入れて貰えなかったら、新菜はこの世にいない。


両家両親に挨拶を済ませ、彼女が看護学校を卒業した後に籍を入れ…その一年後に新菜が産まれた。

そして、新菜が三歳になった頃…。


「まま、だっこー!」

「はーい」

「ふひゃああああ…!にいなかわい〜!」

「事実だけどうるさいわよ、お父さん」


麻紀さんの腕の中。元気にはしゃぐ新菜を見せつけられながら、僕は床に正座していた。

理由は単純。転勤の話を今の今までせず、あと一ヶ月で新天地と言う時に、麻紀さんへ報告を入れたから。

話しにくかった。言おう言おうとしていたら、いつの間にかギリギリになっていた。

そんな言い訳を麻紀さんが受け入れるわけがない。


「…全く。転勤の話が出てるなんて。せめて分かったタイミングで教えてくれない?」

「言うの遅れてすみませんでした」

「まあ、和久の性格からして、言おう言おうやっぱ言えない。あ、もうギリギリだって感じだと思うけど」

「うん」

「即答しない」

「きゅぅ…」


「でもね、転勤一ヶ月前にこう、暴露しなくてもよくない?貴方一人で行く気だったの?」

「…いっそのこと、そうしようかと」

「…馬鹿ね。いつまでも一緒にいましょうって言うから結婚したのよ?離れるわけないじゃない」

「麻紀さん…!」

「そういうことだから、私も一緒よ。でも、今回の引っ越し準備は一人でして頂戴」

「はぁい…」


その時の引っ越し準備は僕だけで行った。

それから三年に一回単位で転勤が発生し…その度に引っ越しを続けた。


「和久、私も働こうと思うの」

「なして!?」

「え、だって…引っ越す度に物価が安定しないし…新菜も習い事したいって言ったりしているし、色々を自由になるお金欲しいなと思って」

「ぼぼぼぼぼぼ僕の給料だけじゃ足りない!?」

「足りてるわよ」

「なんで…」

「できれば定年後は一つの場所に留まって、一軒家とか買って、縁側で貴方と二人のんびりお茶を飲む生活がしたいわねって思って…」

「…いいね。それ」

「でしょう?時々新菜と孫が遊びに来て、一緒に過ごせる自分達の家ってなんか良いと思わない?」

「良いと思うけど、新菜が結婚とか早い」

「高卒二年後に結婚した人間が何言ってんのよ」

「それもそうだな」


「和久の給料も一部は貯金しているの。でもそれは生活費予備と新菜の習い事用。家の貯金は私に任せてね。せっかくとった看護の資格も活かして働きたいし」

「わかった。その辺りは麻紀さんに任せるよ」

「どんとこい!」


二回目の引っ越し。新菜が小学校に上がったタイミングで麻紀さんも働き始めた。

看護の資格って強いと思った。どこでも重宝される。

彼女に支えて貰いながら、三回目。


「またお引っ越し?」

「ああ。新菜…次は山の中にある家にしたんだ。自然豊かで静かな場所だよ」

「パパとママがいるなら、どこだって楽しいよ」

「にいなぁ!」


そうは言ってくれるけれど…新菜だってこの生活がしんどそうだった。

引っ越しをする度に、可愛い娘が友達と離れる度に涙を流し、新天地に不安を抱えているのを、側で何度も見続けた。

新菜は強い子だった。けれど、強くたって寂しさを感じている。


三回目の引っ越しは仲が良い子と離れるだけでなく、雪崩の事もあった。

塞ぎ込んでいる時間が非常に長かった。


あの時の引っ越しは、麻紀さんに「できるだけ新菜の側にいて欲しい」と頼んだ。

三回目から四回目の引っ越しまで、麻紀さんは働くのをやめて、新菜の側にいてくれた。


気がつけば、しがない営業職は経営企画へ栄転を果たした。

大学を出ていない影響で、取れる資格に制限がかかり…辛酸を舐めた時期もあった。

通信制の大学を意地で卒業したのも懐かしい。

同期からの妬みもたくさん買った。

それでも、必死に働いた。

自分に付き合わせている分、新菜と麻紀さんと三人で楽しく過ごせるように。お金に不安を持たせないように…。

そして、何回目の引っ越しか数えるのも面倒くさくなった頃、月村へ引っ越した。


「新菜、高校はどうする?」

「…電車で一時間だけど、浜波商業がいいな」

「理由は?」

「商業学校だったら、就職有利かなって」

「…じゃあ、月村の私立商業でも」

「ううん。公立が良い」


有無を言わさず態度で、新菜は進学を公立高校へ決めた。

新菜がそこがいいというのなら、そこに進めるように手配しよう。


月村に引っ越しを終えた僕らの生活は、以前と何ら変わりなかった。

僕はいつも通り働いて、麻紀さんは月村にある病院で看護師を。

新菜は電車で一時間かけて、浜波にある商業高校へ通う生活が始まった。


けれど、僕らが知らないところで着実に、子供は親の手を離れていく。

十五歳。僕ら夫婦が出会った歳と同じ新菜は…硝子越しにいた君を見つけた。

変化の春は等しくやってくる。

そして新菜が僕らの手を離れ、大人への一歩を踏み出し…大事な人と歩む日だって、確実にやってくるのだ。

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